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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

1992年第10回国際形成外科学会、および


1999年第10回ヨーロッパ形成外科学会【EURAPS】はスペイン・マドリードで行われた。


初回のときは「新しい2ステージ小耳症手術法」のタイトルで発表したのだが、


会場でたまたま通りすがりの日本人の形成外科医が、私に


「美人の77フランス人・女医50が、あなたの事を捜し回っていたよ。141」と


意味深に教えてくれた。


私は「はあ、そうですか?418」と答えた。


翌日、「あなたが、日本人496サトル・ナガタですか362」と、女医416417416が聞いた。


「そうですが・・・・。」410・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・420


「あなたの抄録を読みました。他の症例写真も見せてもらえないでしょうか236


明日のあなたの発表を見たいのですが、


患者のために今夜パリに帰らなければならないのです。」と


「いいですよ。お見せしましょう。426


全てを見た彼女は言った。


「PRS[アメリカ形成外科学会誌]にアックセプトされたでしょう237」と


[来年、記載されます。]と答えた。


「近いうちに日本に行って、あなたのOPE見せてもらえませんか362


「いいですよ。いつでも。17」と、これが


前にも述べたフランソワーズ・フィアミンとの最初の出会いだった。


1993年8月PRSに「新しい小耳症手術」が巻頭論文49となり、


1994年2月PRSに「小耳症手術改良段階の比較・パート136・パート137・パート138・パート139


と、これも巻頭49から60ページ以上載ったのだった。


ロバート・ゴールドウィン[アメリカ形成外科学会誌・編集長・ハーバード大学教授]から


手紙が届いた。


[アメリカ形成外科学会誌は発行して50年以上の歴史があるが、


60ページ以上にも上る4個もの論文を1冊の号にのせた人物は、あなたが史上初めてだ。


この論文はブレイク・スルー[突き抜けるの意味]だ。おめでとう237」と書いてあった。


長年の研究が世界に思った以上に認められ、純粋に嬉しかった。


1994年夏には[過去に手術された小耳症の再・再建手術」も好評だった。


その後フィアミンは[永田法」でヨーロッパ中の小耳症患者を集めるようになった。


2回目マドリードではヨーロッパ形成外科学会にヨーロッパ人以外の


スペシャル・プレゼンターとして「小耳症治療・困難な症例について]報告した。


セクレタリーはイタリア・ミラノ大学教授リカルド・マゾーラで


フィアミンはヨーロッパ形成外科学会のフランス代表で幹部となっていた。


両者とも長年の顔なじみとなっていたので、いっしょにコーヒーを飲んだ。


スペインなのにカンツォーネが流れていた。


[サトルはカンツォーネ歌うのがとってもじょうずなのよ。342」とフィアミンが言った。


「どんな歌手が好きですか3」とマゾーラが聞いた。


「ミルバ。マッシーモ・ラニエリ。ジリオラ・チンクエッティー。クラウディオ・ビルラ。」


と答えたら。マゾーラが「イタリア人より古い歌手を知ってるなー。」だって。8

みなさーーーーん!


もうすぐ、


永田クリニック1の毒吐き娘こと


「毒子さん」が愉快な仲間たちに参戦されまーーーす。


消毒が得意な訳ではありませーーーーん。


乞うご期待!!!

カナダのロッキー山脈の東側にエドモントン州がある。


その中心都市【エドモントン】にアルバータ大学がある。


形成外科はCOMPRU施設のなかに存在している。


私はこの施設のゴールド・ウイルキス教授からの依頼を受けて


何回も小耳症手術講義や教育手術を行った。


私のこの施設でのポジションは外科のAdjunct Professor であり、


また、形成外科ではVisitting Professorだ。


だからこの施設の事に私は詳しい。


冬は零下40度となる。


外に出ると必ず咳き込む程、空気が冷たい所なのだ。


さて


COMPRUはどんな事をやっているかと言うと


「顔面などの部分欠損部の形を本物そっくりに人工プロテーゼとして作る。


欠損部の近くの骨に穴を開けて金属のネジ受けを入れておき、


傷が落ち着いてからネジ釘やフックの付いたピンをネジ受けにはめ込む。


そのフックに人工プロテーゼを簡易ボタンのように装着する。」


たとえば人工耳,人工鼻、人工顔面などである。


ブレンネマークグループのなかで最も人工物取り付けを行っている所だ。


もちろん形成外科の再建手術が不可能な場合の際に最後の手段として用いられる方法だ。


BAHA「人工聴力改善装置」も世界一数多く経験している施設である。


側頭部で耳の後ろよりやや上方の骨に金属のネジ受けを埋め込み


傷が落ち着いてから直方体のBAHAをネジ込んで取り付ける。


イメージとしては耳の後ろの骨を付きぬけた柱の上に


さいころ2個大の弁当箱が乗っていると言うのがBAHAなのだ。


とても痛々しい状態である。


機械で増幅した音を直接、側頭骨に伝えるので聞こえは良くなるし、


ネジ受け埋め込み手術も簡単にできる手術だ。


しかし、直接骨から突き出すまさに、その部分が問題なのだ。


毎日、毎日BAHAを取り外し消毒を厳しく神経質に生涯やり続けなければならない。


少なくとも毎月死ぬまで病院で確認が必要となる。


もし消毒の手を抜けば骨に細菌感染を起こす。


ひどい場合骨髄炎を併発すれば骨髄まで削り取らねばならなくなる。


ましてやBAHA装着時にスポーツをやっていて


打撲し、ネジ受け部がゆるんだり脱落すると終わりだ。


それくらいなら、ヘッドバンド型補聴器の方がはるかに安全と言える。


私は両側小耳症の患者様に世界最先端の治療としてのお勧めは


バージニア大学のジャスドーファー教授に


耳穴をあける適応があるか否か判断してもらってから、


適応があれば手術を受けると98パーセントと言う驚くべき高確立で


補聴器なしで日常会話ができるようになる。


すなわち15デシベルまで聞こえるようになるのだ。


小耳症患者さんの50パーセントは、穴あけ手術の適応がないので


その場合は


BAHAよりもはるかに安全なヘッドバンド型補聴器をお勧めします。