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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

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1995年・10月、私が初めて海外から小耳症のデモンストレーション手術を


依頼されたのは、イタリア・ベローナ国立病院だった。


これは、そのときの、イタリアの新聞記事、


むかって左が乳房再建で有名な、ジーノ、リゴッチ教授、


右が、私。


新聞の最上部に、イタリア語で、


Dimostratione pratica del medico giapponese Satoru Nagata,と書いてある。


ディモストラッチオーネ プラチカ デル メディコ ジァポネーゼ サトル ナガタ。


 


ディモストラッチオーネ・・・・・Demonstration・・・・・デモンストレーション


プラチカ・・・・・・・・・・・・・・・・・practis・・・・・・・・・・・・手術・実行


デル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・the・・・・・・・・・・・・・・・・その


メディコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・doctor・・・・・・・・・・・・・医師


ジァポネーゼ・・・・・・・・・・・・・japanese・・・・・・・・・・・日本人


 


大体このような意味である。


初めてだったので、慣れなくていろいろ大変だったが、


とても、とても、新鮮な体験として、心に残っている。238


この町にアリーナと言うローマ時代に建築された円形劇場がある。


ここを、会場としたコンサートやオペラは、一流の出し物が夏には行われる。


たまたま手に入れたオペラ・カルメン516のDVDは、この円形劇場で、行われており、


感動的なのだ。237


見るたびに、美しいベローナの町を今でも思い出す。352


 

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カナダ・エドモントン・アルバータ大学医学部、および、その関連施設COMPRUに


招待されて、1998年3月、私は小耳症デモンストレーション手術を行った。


私を呼んだのは、上の写真右側のゴールド・ウィルキス教授、


患者さんは、アラスカからやってきた、女の子、アシュレイさん。255


手術前日、手術当日と、マスコミ取材があった。212 265


 


やれやれと、一段落して、356


ホテルへ帰ると、皆が、私を見ているような気が・・・・・・・。416417416


あれ?361指差している、私を、・・・・・・。156


何か背中にでも,変なものが付いてるかもしれない。402


早く部屋に帰ってチェックしなければ、と部屋に戻り、とにかく、シャワー。78


何も付いてなかったけどなー。


テレビでもつけて、一休み、と・・・・。55


あ、な、なんと、・・・私が・・・・・・テレビに・・・映っているではないか。363


15分くらい続いたのだ237。、その番組終了。C・M・となったので、チャンネルをまわす。


と、と、・・・・ま・また・・・私が、ニュースに。それが終わり、別のチャンネルへ。


こ・これまた・・・ヮ・・私だ・・・。あ、肋軟骨削ってる。またまたチャンネルをまわすと


またもや・患者さんと、わたし、が、


カナダ中のチャンネルが、


「日本82から小耳症患者への贈り物300」というような


ニュースやら、科学番組やら、ダイダイ的な放送と、なってしまっていた。222405418356


 


コーヒーでも飲もうとフロアーに降り、受付で、どこに喫茶店273があるか尋ねると、


「あなた、知ってますよ。さっきテレビで、見ましたよ。耳418をつくれるんですね。237


コーヒーショップでも店員から、[知ってる。知ってる。あなた237、」と。


そして、翌朝の部屋に届いた新聞が、上に示す記事なのだ。


 


帰国時、空港で私に係員が、「この荷物は何だ、たくさん変な形の金属が、


入っているぞ。開けて見せなさい。」と、怒ったように言う。293359


アルバータ大学からわざわざ空港まで見送りに来た人が、


係員に[日本496から、わざわざ小耳症患者の手術をしてもらうために、


アルバータ大学が、招待して来ていただいた人ですよ。237359


中の金属はそのため、日本から持参の手術道具ですよ。237


失礼ですよ。359」と、すごい剣幕となった。41


それでも、係員は、納得しない。


ふと見ると新聞が、そばに売っている。21


それを買って、係員に見せた。ら、


すんなり、納得、わたしにペコペコ状態となったのだった。435


それが、次の新聞だった。266


 


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