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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

夕方7時過ぎにうとうとしている時に


四国の大学から「耳の手術を見学したい」と


ある先生が来られた。


早速適正を見るために顔の正面・側面・斜めからの絵を書いてもらった。


科学的に間違いの無い正常な絵を要求した。


 


その先生は、わずか20分くらいで「できました。」と、


見ると、そこには間違った場所に間違った耳を描いていた。


もちろん顔がどうあるのがが正常かも描けてない。


私に言わせると、形態音痴の領域であった。


 


「何故私の手術法が、タンザー法や、ブレント法より良い結果が得られるのか?」


と聞いても答えられなかった。


私の書いたアメリカの論文を読んだのか?と聞くと


「見た」との事だが、意味などは全く理解していない。


形成外科医として、12年もたっているのにだ。


「今までに10例くらいの耳を作ったそうだがうまくいかなかった」との事。


どんな方法だ?と聞くと


タンザー法の肋軟骨の形を描いた。


私はガッカリとした。


モハヤ、世界中が永田法になっている今でも大学がこんな状態なのだ。


しかも絵音痴である。


患者さんは今頃苦しんでいるはずだ。


 


すぐにでも帰すべき所を、


私が、アメリカ形成外科学会でインストラクショナルコースを行った際の


コンピューター画像を全部見せながら1時間半もかけて、講義をした。、


アメリカの学会では180ドル払わないと学べない事を、


ただで講義したのだ。


そうすれば、耳を作る事が片手間では簡単にはできない事。


すなわち年間に4例か5例では、うまくなれない。


ましてや、絵音痴では、到底不可能な事。


その医者が手術をする事で患者さんが不幸な結果になってしまう事が


理解できるようになるはずだと親切にも講義した。


さらに、その先生が適性のある分野はどういう分野かという所まで


話をして気が付けば夜の11時となってしまった。


そして、帰ってもらった。


明日も長時間の耳の手術が待っているので


早く風呂に入って寝なければならない。


 


 

アメリカで立ち耳に対する手術を行われたものの、


不幸な結果となってしまった患者さんが


フロリダから昨年永田小耳症形成外科クリニックの外来にやって来ていた。


今日その患者さんからメールが入り、


「アメリカ軍の保険と、保険会社からの保険の


両者を使える事になりそうだ。


決定したら、手術の予約をしたいとの事。」


 


アメリカでは、自分が保険会社にかけた保険で


病院へかかるシステムとなっている。


 


国民が皆、健康保険証をもっていて通常の病院へかかる日本のシステムとは


全く異なるシステムなのだ。


だからアメリカ人の30パーセントは病院にかかれない人達がいる。


その一方では、お金のある人は、世界最高レベルの医療が受けられる国なのだ。


かけた金額に応じて、かかれる範囲の病院ランクが決まる。


たとえ救急の時でもだ。


また、同じ病気の治療でも、医者によりランキングがはっきりと分かれており、


治療費が、医者の実力に応じて異なるのが当たり前の国だ。


だから、医者は実力をつけるために修行し続けるのだ。


看護士も同じだ。


 


それに対して日本では、極論を言えば


どんなに成績が悪い医者も良い医者も、同じ治療なら


同じ金額となっている。


看護士も同じだ。


すなわち、共産圏と同じ料金体系におかれた医者や看護士は


技術を磨こうとする気にならないために


わざわざ、進歩すればするほど、複雑で長時間かかる困難な


修行時間も長くかかる手術でやりがいがあっても、


低く抑えられた従来法のコストのままでは、


しかも、患者数が少ない小耳症治療のような疾患ならば、なおさら


ドライな若手医師は引き継がない。


そして日本の医療レベル崩壊が必発となる。


多かれ少なかれ金にならない世界に優秀な人材は集まらない。


システムと、支払いの改善が求められている。


 


 


 

午後からは、病室の包帯交換を行った。


今日入院した小耳症の子供に,昨日手術した小耳症が、


耳立て手術の事を情報交換していた。


「2回目の手術のほうが1回目の手術より楽だよ。」


などと、子供なりの表現で教えあっている。


まさに小耳症子供会議といった様相だ。


子供同士、経験者と未経験者が話す事で、


どちらにも安心感と連帯感をもてる理想の場所である。


小耳症専門クリニックにして良かった点だ。

イギリス・ヨークシャーの


形成外科の女医の、ノーマ医師からメールが入った。


私の教え子だ。


小耳症手術を永田法で行ったとの事。


結果が良かったそうだ。


10月、イギリス・エジンバラで行われる国際小耳症学会のとき


私が公演と、デモンストレーション手術をやるときに


自分の手術結果の写真を持ってくるから


評価してほしいとの事だった。


 


世界のどこにいてもがんばっている教え子は気持ちが良い

この頃、海外の小耳症患者さんから、


メールが入るようになった。


今日はシンガポールの小耳症患者さんが、ビサを取るために


永田小耳症形成外科クリニックを受診すると言う事の


アポイントが取れているという証明書がほしいということだった。


 


4月初旬には、オーストラリアから小耳症の患者さんが受診する予定だ。


5月には韓国の小耳症の患者さんが入院する事になった。


 


又、4月には、カナダの、アルバータ大学及びCONPRUの形成外科教授が


当院に小耳症手術見学にくる予定だ。


次第に、国際色が濃くなってきた今日この頃となった。

今年6月には4年に1度の国際形成外科学会がドイツ・ベルリンで開催される。


ドイツの科学会議「サイエンティフィック・コミッティー」から、私はすでに


6月29日キーノートスピーカーとして「小耳症」の長時間の講演を依頼されている。


 


今日は、又、そのドイツの科学会議よりメールが届き


さらに、6月30日、小耳症の一般演題9演題のセッションでの「議長」をも、依頼してきた。


さらに、そのセッションの冒頭にも「小耳症の公演」を依頼されてしまった。


又、6月29日の「顔面輪郭」に対するセッションの「議長」もやってくれとの依頼だ。


なんだか忙しくなった。


 


6月29日に発表した後は30日にすぐ、帰国する予定だったが


これで、7月1日にフライトを延期しなければならなくなった。

今日の2件目の手術は足指の合指症の手術だった。


10年前、指の分離手術を他の病院で受けていたが、


分離が中途半端で、なおかつ指が引き連れて曲がったままとなっていた。


1ヶ月前に一旦、指を伸ばすために、引きつれた部分を切り


伸ばしてみると、血管も引っ張られ指の色が悪くなるではないか。


とりあえず、指と指の間だけは開いて皮弁で形成しておき、


指が死んでしまっては元も子もないので血管が引き伸ばされても


指の色が悪くならない状態まで2週間待ってから


むき出しとなった腱をカバーするために、


隣の指から生きたままの皮弁を形成して


カバーしておいた。


だから、今回は皮弁の切り離し手術だった。


これでようやく、指が伸びて、欠損部を生きた組織でカバーされたため


2週間後には抜糸可能となった。


このように10年間も、引きつれて曲がったままの指にしておくと


腱も、筋肉も、血管も、神経も皮膚も、全てが短くなり


骨の間接も変形しているために治すことが困難になります。


やはり、何事も最初がかんじんです。


 

午前中は予定どうり、局所麻酔の手術。


1件目は・下眼瞼外反、及びわずかな


瘢痕による影響と皮膚欠損が複雑に絡み合った症例の手術だった。


もともとは、事故によるものだが、


大学を始めとしてあらゆる医療機関の形成外科で手術を受けていたために


傷は固くなり、困難だったが、


ナイロン糸で瞼板を引っ張る事に成功したために外反が一気に治った。


さらに非常に小さなⅤ-Y形成術を組み合わせると左右対称な眼瞼となった。


鏡で患者さん本人に結果を見せたところ


非常に喜んでいただいた。


「今後お化粧が楽しみです。」との事。


「まぶた」の手術は、非常に繊細な技術を必要としています。