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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

先日ぽっかぽかの陽気の日に近所を散歩・・・44
そう、私のウォーキング&ジョギングのコース218
といっても・・・冬あたりからジョギングしていないのだが・・・263
やはり、続かない・・・388
      
まぁ、気分がいいので散歩をしてみた106


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真っ赤な『つつじ』が・・・51
キレ~~イ420

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こんな感じにお花が一面に・・・113
季節はすっかり春・・・235


しかし・・・住んでる所を聞かれ、答えると
「どこそれ??」「何で埼玉なの?東京にしなよ!」
と、言われるのだが・・・330
東京なんて高すぎて、住めないわ・・・388
埼玉でもすぐに都心に出れるからいい所だ172282
こんなにいい場所が近所にあることだし・・・284
私は結構気に入っている!!


休日にゆっくり散歩・・・っていうのもたまにはいい266
 






再建外科は体のあらゆる場所を再建する科である。


形成外科の一分野であり、欠損部を作る手術を行う。


どこであろうと芸術的センスが必要である。


代表的な場所は


乳癌摘出後の乳房再建・鼻に出来た癌切除後の鼻再建・マブタの再建などであるが


耳の再建に比べるとその他の再建は形が簡単であるため容易な手術である。


例えば、乳房再建筋皮弁術・植皮術・皮弁形成術だけで完成する。


鼻やマブタの再建動脈皮弁術・粘膜移植のみで完成する事が多い。


 


しかし、耳の再建は困難な手術である。形が複雑な上に


形成外科手技のあらゆるテクニックを駆使する必要があるからだ。


すなわち1回目の手術は、


4枚もの皮弁形成術・皮下茎皮弁術・皮下剥離術・肋軟骨採取・


肋軟骨細工彫刻ワイヤー固定、ボルスター固定


2回目の手術では、


分層採皮術・4枚もの皮弁形成術・動脈弁形成術・肋軟骨採取・彫刻ワイヤー固定・植皮術・


タイオーバー固定・回転皮弁術、ドッグイヤー切除術・バイオロジカルドレッシング・


と、全てのテクニックが総合されてようやく完成するのだ。


しかも1ミリ単位の正確さの手術だ。


 


だから、耳の再建術は、形成外科医の6年間の修行終了後に専門医となった後で


初めて、取り扱う事ができる疾患なのだ。


 


耳の再建ができる人は、他の手術が簡単に感じるようになるのは当然の事なのだ。

耳は体表の中で形が最も複雑で、


真ん中に軟骨があり、


表も裏も血行が良い軟部組織と皮膚で囲まれている。


耳は30度の角度で立っている。


耳の細部構造には全て解剖学の名前がある。


これらを、理想の耳と同じ配置、プロポーションに作らなければならない。


しかも、健側が完全な耳の場合左右対称に作らなければならない。


医者の立体芸術的能力が最も必要な分野である。


耳を完全に形成できる方法は、


現在世界中で正式に認められている方法としては永田法だけである。


タンザー法やブレント法は、不完全な耳しか出来ない方法である。


それでは、永田法を、アメリカの教科書を見ただけで


形成外科医がまねできるか?


というと、かんたんにはまねが出来ない。


理論を理解したとしても、技術が伴わないからだ。


 


だから、医者の能力により、全く結果が異なる分野である。


と言う事を完全に念頭においておくべき手術である。


 


どこで手術を受けても、少し違う程度くらいだろうと鷹をくくっていると


とんでもない事になる。


患者さんが考えられる違いのイメージを、遥かに上回るほど


結果が医者により異なる。


少なくとも、


「タンザー法か、タンザー変法、ブレント法を行う」と言うところでは手術しないこと。


 


遠いからと言って近所の大学で手術を受けても


結局作り直し手術となって当院へ来る事になった患者さんは


体に余分な傷を残す事になる。


 


 


正常な耳の形を正しく写生できるようになってから


全国の病院を回ってみて


そこで作った耳の結果を写真で見せてもらってから


親は、自分の芸術的センスで手術してもらいたい医者を


決定すべきだ。


 


完全な永田法ができる病院は日本には無い。


なぜならば、私の所へ何年も学びに来て卒業証書を出した人がいないからだ。


 


 


 


 


 

人はせいぜい生きて100年だ。


地球の歴史から見れば、たった100年の間に1個人が何をするのかは


大した問題ではなさそうな気がするが、


1個人がなした事が、地球上の全人類に末代まで影響を及ぼし続ける事もある。


エジソンが発明した数多くの事を考えると


まさに、偉大な1個人だったと言えよう。


おかげで現代生活が成し遂げられたようなものだ。


人類が他の生物と圧倒的な差を形成できたのは、


個人の業績を共有して


それを次世代の人間の天才達が伸ばしていけるからであり、


その大元は、業績を文書として残す事が可能にになった事だ。


大多数の人間は、


ごく一部の天才のおかげで人間らしい生活が可能となっているのだ。


 


人間がもし200年生きられるようになればどのように人生が変化するだろうか?


前半と後半では全く違った生き方ができるだろう。


 


私なら、どうするだろうか?


形成外科医の次は、芸術家を目指すだろう。


特に、自分の思い描く理想の人生や、恋や、社会を、


絵画や、映像や、音楽を駆使して壮大なスケールで総合芸術としての


映画を作るだろう。


 


その次は、果てしなく広がる宇宙に飛び出して行きたくなるに違いない。