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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

最近の医療崩壊や医療費の削減の中で


めずらしくも、


形成外科医を目指す若い医者が増加しつつある。


 


しかし、形成外科を勉強し始めると、


高度な分野になればなるほど、形態は複雑で


一人前になるためには、修行が相当長く必要な事と、


手術結果のレベルが、術者によって、驚くほどまったく異なり、


体表の手術が多いために、


患者さんにすぐに実力がはっきりとわかる分野であるという事がわかってくる。


すなわち、天性の芸術的感覚が無い人には


向いていない仕事だという事が理解出来てくる。


しかも長年苦労して身に着けた困難で長い手術時間を要するテクニックが、


保険点数で金額的に報われる事が無いことがわかって来る。


 


又、形成外科の専門医となって、いざ病院に就職しようと思っても


他の一般の科に比べると、圧倒的に患者数が少ないために


常勤医師としてのニーズがほとんど無いことが理解できるようになる。


 


再建する手術そのものは、やりがいがあって、継続してやりたくても、


普通の形成外科専門医程度では常勤医師としてのポストが無いのだ。


患者さんの数が少なくて採算ベースに乗らない科は、


医療崩壊の進む現在の病院にはサービス部門などとして


形成外科など新設する余裕のあるところは皆無だ。


 


そんな現実を最近の若いドクターは、察知するのが早く


それなら、修行年限が長くかかるような再建外科などやめてしまい


保険診療とは関係の無い、美容外科開業に


若いうちから向かって行く事になる。


複雑な美容テクニックをも学ぶ事も無くなって来ている。


 


形成外科学会においても盛況なのは、


美容部門のうちでも、簡単で、手っ取り早く、収入に結びつくような


部門にばかり、若い医者が集中するようになり、


本来の最も重要な再建外科の分野には出席しなくなって来ている。


 


このような状態が継続すると、


真に体の欠損を再建する医者が減るどころか


今存在している手術テクニックまでも近い将来は、すたれて行く事が懸念される。


 


その代表例として


埼玉医療センター形成外科は、性転換手術で草分け的存在だったが、


原科教授が、定年で?やめたために、


すでに、予約が入っていた患者さんの手術が出来なくなり


性転換の分野を閉鎖する事になってしまった。


すなわち誰も後継者が育たなかったのだ。


このような事態が将来、他の分野にも波及していく事が懸念されている。


小耳症治療とて同じような運命をたどる可能性がある。


 


又美容外科での開業は多く、都会でも地方でも過当競争の結果


わずかな患者さんの奪い合いとなり


有名チエーンだった美容外科グループなど、つぶれて行き始めている。


 


日本の形成外科を支えていくためには、今後、新たな変革が必要だ。


 


医療は本来、経済で推し量り成り立つものではない。


 


患者数が少ない分野は、経済的に成り立たないからと言って


撤退するような方向へと国が誘導するような政策を取っていると


その分野は、まったく廃れてしまい、日本での治療が出来なくなる。


患者数が少ない分野にこそ、手厚い福祉政策が必要なのだ。


 


そうしてこそみなが安心して暮らせる国


GDP世界第2位のふさわしい国、日本となれるのではないか。


 


又医療分野で最先端を走る国となれば、医療輸出大国となり


経済的に見ても良い結果をもたらし、尊敬される国となるはずだ。


いつまでも欧米の開発した治療法ばかり猿真似ばかりでは、


2流国家のままであり続ける事になる。


 


 

小耳症の中でも、


耳穴が存在し、


かつ耳穴を前から覆い隠すように


後方に小さな三角形に張り出した耳珠「じじゅ」が存在し


耳穴の後方に


耳甲介「じこうかい」という凹みが存在するタイプの小耳症の事を


耳甲介型小耳症と呼びます。


 


このタイプでは、従来方として、正常な耳の耳甲介から耳の軟骨を、採取して


移植し、耳を再建する方法が行われましたが、


反対側の耳甲介の形が、正常の耳とは形が異なっているために、


どうしても不完全な形しか作る事が出来ませんでした。


むしろヘンな耳しか出来ません。


又、正常な耳をある程度、犠牲としなければなりませんでした。


 


このタイプの小耳症に対して完全な耳を再建するには、


正常な耳を犠牲にすることなく


永田法による胸から採取した肋軟骨移植により


完全な耳が再建できる事が1993年・1994年


アメリカ形成外科学会誌に掲載されて依頼


世界の標準術式となっています。


 


このタイプの小耳症に関しても


、永田小耳症形成外科クリニックのホームページを見ると


術前と術後の写真が各種御覧になれます。


 


又、肋軟骨を採取しても、胸に凹みを残す事の無い肋軟骨採取法が


2006年・2007年と、永田小耳症形成外科クリニックでの方法として


アメリカ形成外科学会誌に掲載されました。


 

今日は


先日レックリングハウゼン病の患者さんで、


体中に多発するタイプの腫瘍が出来ているために


少しずつ、局所麻酔で切除する方針となった患者さんが


月曜日に、3箇所切除術をしていた。


 


今日は術後経過を、見せに外来に来られた。


経過は良好で、消毒を済ませ、


「傷の痛みはどうですか?」と、質問した所。


「まったく、痛みはありません」との事だった。


 


当院では、切除部は、皮膚の下で、


中縫いを細かくかけて縫合しているので


皮膚の表は縫合しなくても良い。


だから、表には縫った跡が残らずにすむ。


 


レックリングハウゼン氏病は、子供のうちには無かった腫瘍が


成長すると、出来てくる。


多発する場合や限局する場合など様々である。


どこに出来てくるかは、出来てみないとわからない。


 


ただし、顔面に局在する場合には、


特に目の周りに出来た場合には、


レックリングハウゼン氏病特有の腫瘍の増殖形態をとることが多い。


 


目の周りから出来た腫瘍は、


眼球を押し出すように腫大していく特徴がある。


やがて、目は前に押し出されるだけではなく


下の方へと腫瘍と共に垂れ下がってくる。


まるで、ロウソクのように垂れてやわらかく腫大して来る。


また、目の周りの上で、脳と、の間の骨が融けてしまうために、


脳の周りをカバーしている硬膜が、


脳と共に本来は目の入っているスペースにまで下垂するので、


益々目が押し出されて下垂してしまう。


ついに目は失明してしまい、眼球は小さくなり


黒目の部分は、金色に変化してしまう事になる。


脳硬膜は、心臓の拍動と同じように拍動しているために


目と共に飛び出したマブタも、拍動することになる。


この時期には、腫瘍の圧力により、目の受け皿である眼の周りの空洞が大きくなる。


 


又、頬部の噛むための筋肉を保護している頬骨弓と言う骨も融けて来る。


さらに進展すると頬も垂れ下がり、顔面神経麻痺の状態となるために


口唇も垂れ下がり、よだれが止まらなくなる。


結果として発音がしにくく言葉が他人からはわからなくなる。


又、下顎骨の関節の部分も融けてくる。


 


耳に進展すると、耳も肥大し下垂して来る。


外耳道が長く引き伸ばされて、空気が通りにくく掃除もしにくくなる結果として


耳垂れがとまらなくなる。


いずれにしても30代後半まで次第に腫大して行き、


それ以降は止まることが多いとされている。


 


このような症例に対する手術は世界の形成外科医が挑んできた。


多くの論文が存在するが、左右対称な結果を得る事は不可能だった。


形成外科医の広範囲の能力と、芸術的能力の全てが必要とする治療となる。


 


永田小耳症形成外科クリニックは、


厳しい状態となったこのような患者さんを全身麻酔下に6回の手術を行って


左右対称といえるところまで治療する事に成功し


昨年、イギリス形成外科学会ジャーナルに、論文を掲載した所である。


ホームページを御覧いただけると、参考になる。


 


 

日本のGDPに対する総医療費支出は8パーセントである。


OECD加盟30か国中、18番目の低さだ。


OECD加盟国の平均値が、8・8パーセントだ。


このレベルに到達するには、日本は総医療支出を10パーセント引き上げなければならない。


しかも、世界1の平均寿命国となり、


人口の多い団塊世代が、今後益々老齢化して、


病気が増加していく事になる。


だから10パーセント引き上げではさらに不足する事が予想される。


今でも医療崩壊してきているのだから、


このままでは、もっと大変な事になる。


日本はGDPは世界第2位の国なのに


医療費が少ないなんて、大問題だ。

慈恵医大麻酔科主任教授の上園教授によれば、


「日本の大学病院の手術室では、一例目の手術が終わり


2例目を入れようとする時は、その間が、一時間以上も待たされる。


それを決定するのは看護士だ。


もっと早く出来ないのかと言っても、


習慣的に、だめなのだそうだ。


そして時には、さらに待たされるために、


麻酔科としては仕事が非効率となる。


アメリカでスタンフォード大学で助教授をやっていた時には、


15分で入れ替え手術の患者さんが入ってきていたそうである。


アメリカでは手術室は効率よく使うという習慣が徹底しているのだ。」


 


昨日、当院ではたまたま、2件の小耳症手術があった。


入れ替え時間が15分だったので、


上園教授は、「このスピードはアメリカ並だ。」と驚いていた。


「大学でも、これくらい早く出来たらナー。」とため息混じり。


 


以前にもこのブログでも書いたように、


当院では、10年以上のプロフェッショナルの看護士ばかりなので


仕事が正確で速いのだ。


 

今月の小耳症患者さんの出身地も様々である。


大阪、静岡、東京、千葉、埼玉、神奈川、栃木、山梨、愛知、岩手、福岡、韓国


となっており、来月は、


新潟、山口、岡山、広島、長野、茨城、福岡、東京


など、となっている。


だから、日本中の方言が、飛び交う。


最初はおとなしかった子供達も次第に慣れてお友達ができる事になる。


病室のプレイルームでは、何人か集まってテレビゲームをやっている。


 


大人の人はすでに


どこかの大学病院で手術された後の


耳の作り直しの方ばかりなので、


大人同士で、以前はどこで手術されたかなどの


情報交換の場所となっている。


 


全員が小耳症の患者さんばかりなので、


小耳症患者さんにとっては


連帯感が生まれる特殊な良い環境となっている。

今度こそはと、スケジュールを綿密に立てて


実行しようと張り切ったものの、


計画を立てたその日から色々予定外の仕事が出て来て


すぐに計画倒れとなってしまいむなしくなる事が何度かあった。


 


計画どうり進めば、問題無いが、そう簡単にはいかないものである。


そういう時は、考えを完全に変えて、今ある事柄をこなして行くしかない。


そしてもし余力があれば、立てた計画の一部をこなすしかない。


何せ一日はたった24時間しかないのだから、


やれることにはおのずから限界が出て来る。


 


しかし一貫した大きな夢だけは、持ち続けておく事が重要だ。

いよいよ明るく暑くなって、来た。


本格的に夏に向かっていく。


現在は、まだ気持ちの良い暖かさだが、


また、猛烈な暑さの夏が来る事だろう。


地球温暖化は避けられないようだ。


お隣の中国では、j経済発展のために車が急激に増加し、


工場からは噴煙を出している。


ただでさえ風に乗って細かい砂埃が


日本に黄砂として中国から飛んで来ていたわけだから、


今年の夏は、中国からのにごった大気も飛んでくる。


すでに、何回かその影響で西日本に光化学スモッグが発生している。


真夏になると、その確率は増していく事が予想される。


もしかしたら関東平野にまで及ぶかもしれないと危惧している。


日本から中国への公害の少ない技術移転が、早期に望まれる所である。


 

4年に一度の国際形成外科学会が6月末にドイツのベルリンで開催される。


私は、演題申し込みなどしていなかったが、1年位前から


ドイツ形成外科の国際形成外科科学コミッティーから手紙が届き、


私は、1時間半の小耳症のキーノートレクチャーと、


小耳症部門の際にも、公演と議長を、依頼されている。


さらに、2つの部門の議長も頼まれている。


 


6月26日火曜日夕方に成田をたって7月2日月曜日の朝成田着の予定となった。


この1週間だけは、私はいないが、園長先生は残っている。


 


 

今日はアメリカのバージニア大学ジャスドーファ教授の所から


当院にかかられた両側小耳症の患者さんの、


聞こえに対する返事が来た。


 


右が90パーセント、左が80パーセントの確立で、


外耳道閉鎖症の手術をすると


正常な聞こえが期待できるようになるとの返事だった。


すなわち、両側とも聞こえるようになるとの事だった。


 


今までの患者さんは確立が80パーセントと判断されて手術を受けているが


全員補聴器なしに聞こえるようになって帰国している。


ただし片耳だけが聞こえの手術適応と判断された人ばかりだった。


 


今回は両耳とも聞こえるようになる確率が高いとの事で


初のケースとなる。