FC2ブログ

永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

事の本質を見ると、


何が良い事で何が悪い事かが見えてくる。


本質が見えないと、


良い方へ向かっているのか、悪い方へ向かっているのかがわからなくなり、


時間が無駄となる。


結局、先人達と同じ間違いを繰り返す事になる。


これを繰り返さなくてすむためには観察が必要だ。


結局時間と共に間違った原則がはっきりと見えてくる。


 


耳を作るときに絶対にしてはならない手技が見えてくる。


タンザー法やブレント法を行っていた先人達が疑う事がなかった手技。


 


それが、植皮術のみ、と言う手技だったのだ。


耳を作る時に、一部にでも軟部組織の上に


直接植皮のみ行えば、必ず収縮してしまう。


収縮は耳の輪郭をなくして、しかも血行不良を起こす。


だから、肋軟骨の吸収が起こる。


 


植皮をやるなら必ずその下には血行の良い血管膜でカバーする必要がある。


血行の良い血管膜の上に移植した皮膚は、皮弁と同じように収縮しない。


だから、生きた皮膚弁でカバーしなければならないが、


皮膚の表面積がどうしても不足するときは、


血管膜及び植皮でカバーする必要がある。


 


植皮のみで済ませると、後で泣きを見ることになる。


 

よく、「出世したいから」、と言う発想が先に立つ人がいる。


私の元にも


何人もの医者が、手術を見学に来たりしていたが、


「出世したい」、とか、「大学や官公庁の病院に勤めたい」、とか、「医学博士がほしい」とか


が先に立って結局、続かなかった人たちが多い。


 


ある人などは、「私の所へ行くのなら縁を切る」という手紙までもらって


わざわざ、それを私に見せて「一生やります」というから教えていたら、


今度は、縁を切られたはずの人の所へ行って、恥ずかしくもなく


官公庁の病院の就職斡旋をしてもらって就職した。


それで、その人は国際舞台から消えてしまった。


本末転倒である。


 


まずしっかりとした科学者としての正しい進歩のさせ方と言うものを


自分で、私のやり方を見て学び、


どんどん進歩したことを世界に自らの力で


発表できるようになれば、ポジッションも後から自然についてくるものだ。


 


いや、そんなポジションなどと言う低俗な事より、


進歩のほうが何倍もやりがいがある。


そうした方が、結果としても、医学博士を取るにも早道だ。


しかし日本の医学博士は、私も持ってはいるが


世界から見れば何の役にも立たない。


 


 

ある事を、わかっている人と、わかっていない人とが話をすると


全てをわかっている人から見ると、


わからないその人が何パーセント程度しか、


わかっていないということが見通せる。


 


逆に、わかっていない人は、


わかっている人のレベルの高さを読めない。


 


わかっている人にとっては、わかっていない人と話すのがつまらなくなり


時間の無駄になる。


 


わかっていなかった人が、もし、わかりたくなって、順を追って一つ一つ


階段を登るように質問できれば、わかっている人は説明したくなる。


 


そこが質問する人のコツだ。


あまりにもわからない人は質問も出来ないので


会話が成立しない。


するとわからずじまいとなる。


そこでおしまいだ。