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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

ネパールでの平均寿命は40歳といわれている。


日本での


江戸時代は人生50年と言われていた。


 


いまや平均寿命が80年を遥かに超えている。


平均寿命とは、0歳時や、幼いときに死亡する乳幼児死亡率や


交通事故、自殺をも含んだ平均値であるから、


そのような事を除外すると、


 


90歳を超える平均寿命となっているのではなかろうかと考えられる。


 


この寿命の延びは、人類誕生の歴史から見ると


非常に急速な伸びであろう。


 


国民全体が、医療機関にかかることが出来、


清潔な水をどこでも得られ、下水整備も進み、


伝染病蔓延を起こしにくくし、


健康的な生活スタイルを獲得した。


 


それにしても、これほどの寿命の延びを江戸時代の人は予想できただろうか?


平均寿命がこれほど延びたのだから、


人生設計も変わってくる。


 


人生50年の時代の人たちから見れば


第2、第3の人生が、考えられる。


 


人生90年とすれば、30才は、成人式だ。


60歳が円熟期と言うことになる。


 

今日は小耳症の新患患者さんが


4名来られた。


だから説明時間が長時間かかってしまった。


長くしゃべり続けると喉がからからとなる。


しゃべり続けた後は


大量のお茶を飲んでしまった。


また別に、鼻の外傷の手術後の新患の方が、1名。


セカンドオピニオンのため来院された。


この方も長時間の説明時間を要した。


その間に、手術室では、顔に出来た傷を治す手術を、


園長先生がやっていた。


忙しい1日となった。


病室を回診するときには、私の胃袋は、お茶だらけだった。

小耳症の患者さんに、耳の再建手術をして


完成度の高い耳が再建できれば出来るほど、


立体的の堀が深い耳が出来る。


そのために形成外科医は工夫を重ねてきた。


その逆に悪い耳であればあるほど、平坦な耳となってしまう。


 


平らな耳であれば洗いやすい。


立体的に凹凸のある耳となればなるほど


洗いにくくなる。


すなわち,陥没した所には垢がたまりやすくなる。


 


だからよく洗うためには、筆が必要だ。


大中小と大きさの異なる先の柔らかい筆を用意し、


石鹸に漬けて泡立てるようにして、


陥没下細かなところを洗ったあと


シャワーをかけて洗い流す事で


きれいに出来る。


 


垢をためすぎると


垢にばい菌がついて


皮膚がかぶれる事があるので要注意だ。


 

小耳症と一言で言っても、


母体内の発生の時期に、どこで成長がストップしたのかにより


あらゆる形の患者さんがいることは、すでにこのブログで述べた。


 


耳の出来上がりの形は、同じ正確な形のものが、目標となるので、


肋軟骨で作る耳の形のフレームは同じ形だが。


それを生きた組織で立体的に全てをカバー出来て初めて


良い耳となる。


 


つまり、皮膚の切開船のデザインが患者さんの形によりそれぞれ異なってくる。


立体的に皮膚の適材適所への表面積を予測する能力が


必要となる。


 


これをカバーできなかったからといって、


そこに植皮を追加してカバーしようとすると、耳はだめになってしまう。


植皮のみで不足する皮膚の表面積を稼ごうとすると


その植皮部分が、必ず後で収縮してしまい


不幸な結果をもたらす事となる。


 


この重要なポイントを先人達が疑う事がなかった点だ。

日本の子供達の学力回復のために、


また、土曜日には、学校の授業を復活しようという動きが


文部省で、論議されている。


 


とすれば、


これまで土曜日を休みと決めていた


当時の文部省の関係者は誰なのかを取材して、


責任問題を明確にしてほしい。


 


大体勉強には、休みなど関係ない。


私が子供の頃は、土曜日にも授業があるのは当たり前の話だった。


 


それが、土曜日も休みにすると決めたときは、


理由がわからなかった。


当時私はこんな事では国際競争に負けるのではないか?


と直感的に感じたものだが、その感が的中した。


 


恐れていたように、日本の教育習得レベルは世界と比較して


ひどく、レベルダウンしてしまった。


忍耐力がない、人間としての基本がない人間を増やしてしまった。


今そのような若者が、仕事がなくて困っている。


日本社会にとっては、深刻な問題なのだ。


教育は100年の計も言うように、


100年先を見越した教育改革が望まれる。