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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

いつの世も、政治家は、誰でも


「抜本的な改革が必要です」と言って立候補する。


ずっと前からだ。


 


当選した議員達が言った通り


抜本的な改革が、なされているならば


とっくの昔に理想の国となっており


もはや抜本的な改革など、必要がなくなっているはずだ。


 


それなのに、いまだに、選挙公約や選挙演説では


「抜本的な改革」と言う言葉が踊っている。


 


いつまで経ったらこういう言葉が無くなるのだろうか?

「天才と、きちがいは、紙一重」と言うが本当だろうか?


そもそも天才とは何だろうか?


通常の人では考えもつかないことを、発想して実現出来る人のことである。


 


独特のシュールリアリズムの世界を築いた「サルバドール・ダリ」。


電気、電話、録音機、と言うものの基礎を築いた「エジソン」。


絵画に留まらず、解剖学や建築や軍事機器や空飛ぶ考案をした「レオナルド・ダ・ビンチ」。


 


「ダリ」は,奇行が目立った人だった。


「ガラ」と言う人が「ダリ」の才能を見出した最初の人だ。


彼の絵には、いたるところに「ガラ」と言う奥さんが何回となく描かれている。


彼の絵を初めて見た瞬間に、ショックを受けたのは私ばかりではない。


後で「ガラ」と言う奥さんが、若い男の所で浮気していても、


ダリにとっては、神格化した奥さんは、


最重要に必要な人だった。神の存在だった。


奥さんを偏執狂と言うほどに愛していた。


奥さんが歳をとって動けなくなった時、奥さんを海の見える部屋のベットに寝かせて、


最後まで、面倒を見たのは有名な話だ。


 


エジソンは、学校には行かず、教育は母親が行った。


学校に行かなかった人は通常では、社会生活に適応できないし


大したことは出来ないだろうと、思われるが、


母親の教育が、彼にとっては、良かったのか、


彼は、現在人類が使っている電気製品の大部分の基礎を


たった一人で築いた大天才となった。


一歩間違えば、まったく、人生は変わっていたような育ち方だ。


 


レオナルド・ダ・ビンチは、皆さんも知っている通り大天才だ。


若い男が好きだった彼はホモの走りだったと言われている。


 


これらの人はいずれにしても、自分の中での自分だけの精神活動が


激しく回転をしていて、他人と通常の接触がなされていない状態だったのだろう。


一見すると、特異な自閉症と言う状態でもあった。


 


人の出来ない発想をするためには、当然脳の神経の接続回路が


普通の人の回路とは違っているルートを取ることになる。


自閉症と言われる人に、特異な才能がある場合が発見されている。


 


通常の人との付き合いを行うような脳の回路のエネルギーを使っている暇もないほど


別の回路が働いているのかもしれない。


 


いずれにしても、「天才ときちがいは、紙一重」と言うことわざは、


ある程度当っている。


 


 


 


 


 

「馬鹿は死んでも治らない」と昔から言われている。


本当だろうか?


生きているうちには馬鹿と言われていても


死んでからの評価が変わる人がいる。


画家のゴッホのように、生きているときは評価されなかった


自分で自分の耳を切り取ったりして、ただの精神異常者とみなされていた。が、


死んでからは高い評価を得るようになった。


このような場合は、「馬鹿は死んでから治った」いや


「馬鹿は死んでから天才となった」、と言う事だろう。


 


逆に生きている間は、大部分の人生においては


ヒトラーのように、国家の英雄とたたえられていても、


死んでからは、大馬鹿だったと言われるような人もいる。


「利口は死んでから馬鹿になる」と言う事になる。


 


とにかく、死んでからも、高く評価される人間でありたいものだ。

小耳症の子供達が仲良くなりすぎて大騒ぎしている。


それに耐えられなくなった小耳症の


作り直しで入院している大人の患者さんが困っている。


 


そもそも当院での小耳症手術は、


他の病院での手術後1週間も歩けない手術と違って、


手術後翌日から歩けるほど痛みが少なくて住むように


工夫されているので、患者さんが元気なのだ。


元気だからこそ騒ぎやすくなる。


 


この3ヶ月は静かだったのだが、


今月に入ってからは


次第に子供達が増加して


手術も2回目の耳立て手術の子供達が


知り合いとなっているために、仲もよくなり大騒ぎとなっている。


騒ぎすぎて、作った耳をぶつけてしまった子供まで出てきた。


 


そこで、部屋の配置換えが必要となった。


事務長が注意しに行ったのだが、


このような状況になった場合は、


子供達には、馬耳東風で


静かになる効果がある場合は少ない。


 


 

今日は来週の小耳症手術の患者さんの術前検査3件と


明日の肋軟骨移植術予定の患者さんの入院があった。


ほぼ、予定どうりの入退院を繰り返している。


男女の部屋の配置も、なんとか、入院ベットの調整がスムーズになされている。


 


韓国から入院している患者さんも、ほかの患者さんとなじみとなり、


一緒に遊んでいる。


言葉が通じなくても子供同士意思がある程度通じている事がすごい。


日本語で挨拶している。


大変な努力だ。


看護士さんたちは、インターネットを用いた韓国語と日本語の


対話集を作って会話をしている。


まさに小耳症患者さんどうしの国際交流と言える。


術後は順調でほぼ抜糸も終わった。


 


 今月からは耳立て手術よりも肋軟骨移植手術が増加する。


 

人は生まれたときには言葉を知らないが


言葉は行動時に耳から入ってきて自然に覚えたものである。


言葉を知った後で読み書きが出来るようになった。


 


だから外国語もその順番に自然に覚えたい


しかし。


学校教育では、教科書から先に、言い換えると文字から先に、


言葉を覚えさせようとするから、効率的な外国語の獲得がなかなか出来ない。


しかも外国語が知ることが出来るという事は、


楽しいはずなのに、苦痛と言うことになってしまう。


 


これでは本末転倒となっている。


外国語獲得には、何回も聞くという事からはじめたい。


その意味も、聞いて覚えたい。


そのほうが早く覚えるし、楽しくて科学的に理にかなっているし、


効率的で早いだけでなく実用的に使える言葉として獲得できる。


 


だから、外国語の後に直ちに日本語を吹き込んだ教材がほしい。


簡単なものに始まり次々にステップアップできるような、


聞き流すだけで言葉が覚えられるような教材を


最初から用意すべきだ。


 


文部省は外国語の教育方針を変えるべきだ。


CDとかDVDを活用すべきだ。

世の中に原則は存在する。


社会ルールにおいても、科学的原則においてもだ。


しかしその大原則には、いつも例外がある。


 


細かな条件が違ったときに発生する例外だ。


先ほどのブログにも述べたように


永田小耳症形成外科クリニックは、


通常のクリニックとは、まったく異なる、例外中の例外だ。


 


クリニックは19ベット以下のことで、


20ベット以上では病院と規定されている。


 


クリニックのほうが、病院よりも入院費用が遥かに安く設定されている。


 


永田小耳症クリニックでは、手術室も入院ベットも、


小耳症専門クリニックであるから


大病院のそれよりむしろ小耳症患者さんのための設備をそろえている。


 


そして、最先端の治療を行える施設となっている。


大学病院で作られた耳の作り直しという困難な患者さんの治療を行い、


世界中の先進国の大学病院の小耳症治療の指導をも行っている。


 


それなのにもかかわらず、当院が15ベットなのでクリニックだ。


と言う大原則だけだ何故


入院費用を安く押さえられなければならないのか


納得できるはずが無い。


 

人間は誰しも完璧と言うわけではない。


完璧と考えている事が人によって異なるからだ。


キリストだって完璧ではないから、


世界中には色々な宗教が存在している。


 


アラビア圏では、法律上1人の男が4人の奥さんを持つ事が出来る。


我々の一夫一婦制とは、大きく異なる。


 


このように正しい常識と思っていることが世界中で相当異なっている。


 


現在では、この宗教間での争いが戦争となっていることが多い。


なかなか、解決が出来ない問題だ。

人と人とが出会い、新しい組織を構成して、


スタートする。


これまでも色々なスタッフとチームを組んで


小耳症手術をこなし続けてきた。


しかし、通常の病院では、


小耳症以外の色々な患者さんも、入院している。


だから、どうしても小耳症患者さんの事だけに専念する事が出来なかった。


しかも、小耳症患者さんにとっては


都合の悪い細菌が通常の混合ベッドでは


他の疾患の患者さんから院内感染する確立も高かった。


だから小耳症だけを専念してみるスタッフと言う事が実現できなかった。


 


永田小耳症クリニックを開業してからは


文字どうりの小耳症専門なので、スタッフ全員が


小耳症患者さんのためだけの仕事をするスタッフとなった。


 


小耳症治療の特殊性を全員が理解しているので最近では


皆がツーカーの状態で、あうんの呼吸で仕事が正確で


間違いも起こらない状態だ。


 


小耳症発生率が非常に少ないため


世界的にも小耳症専門施設はほとんど無い。


永田小耳症形成外科クリニックは存在そのものが奇跡としか言いようが無い。

正しいと思ったことは、とことん貫く。


これは一生続けなければならない事だ。


周囲が皆、日寄っていても、それに流されたら


自分もその中の一人として、程度の低い人になってしまう。


 


だから一時的に、浮き上がる事があっても、貫き通す事だ。


すると結果的には、周りもそれなりの人物として認めてくれるようになる。


ただ若いときはあまりにも自分に厳しすぎるために


周囲から見ると変に感じられるときもある。


 


そんなときでも、自分にだけ厳しくして


それを決して他人に要求しなければ


事はスムーズに進む。


 


これはなかなか困難な事なのだ。


ある程度、煩悩を捨て去る必要がある。

直立不動で、いつも、がちがちになって、がんばろうという人がいる。


しかし必ず無理が来る。


長く安定して仕事をするためには、


肩の力を抜いて、筋肉の緊張を解いて


リラックスしながら、、必要なときは緊張できるリズムを作れるようになる事が必要だ。


 


私も若いときは、あまりにも研ぎ澄まされた精神状態を保っていたので、


自分に厳しすぎたため、その雰囲気を感じたのか、


周りのスタッフに最初のうちは必ず怖がられていた。


時間が経つと誤解が解けるということを繰り返してきた。


 


長時間かかる小耳症手術も1000例を越した頃から


筋肉をリラックスし、手術を継続できるようになってきた。


それに伴い、肩こりも少なくなり、


週3回の8時間以上の小耳症手術を


習慣としてリズムを持って難なく、こなせる体に変貌できた。


 


継続とはこういう事だと思う今日この頃です。