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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

かつて、私は千葉県のある病院で、


お尻に出来た床ずれの手術をした。


その患者さんは高校生の男の子だった。


 


バイクに乗っていて交通事故にあい、


両腕、両足とも切断されていた。


 


患者さんはバイクが好きで、よく運転しては


何度と泣く怪我をしていた。


「バイクは危ないからやめといたほうがいいよ。」


と、医者にも言われたが


それでも好きなバイクにのって事故にあったのだ。


そしてついに、両腕と両足を完全に根元から切断されていた。


 


床ずれは手術で治せたが、


その悲惨な姿に、


医者である私でさえも、ショックだった。


 


若いのにかわいそうで、私には言葉も無かった。


もはやバイクに乗る事も出来ないあの青年は、


その後の人生をどうすごしているのだろうか?


 


 

乳房が、癌になって切除されると、


女性としては悲しいものがある。


特に、乳房の全切除をされた患者さんは


、アバラ骨の形がはっきりと見えるほどとなる。


 


私が以前にこのような患者さんに対して


乳房乳頭乳輪の再建をした患者さんが、


交通事故にあったことがある。


 


なんと、再建した胸を車にひかれてしまったのだ。


そして救急病院へと入院となった。


そしてその病院で医者から言われたそうだ。


「あなたが、もし乳房再建を受けていなかったら、


直接アバラ骨が折れて死んでいたかもしれない。」と。


診察に来られた患者さんは、


「乳房を取り戻せただけでなく、この再建してもらった乳房は


私の命までも救ってくれました。


先生のおかげで命拾いをしました。」


と非常な感謝をされた。


「こんな事もあるんだなあー。」


と私も驚いた。

日本では、乳房縮小術よりも圧倒的に豊胸術のほうが多い。


それに対して、北欧の国スウェーデンでは、80パーセントが乳房縮小術で、


20パーセントが、豊胸術だと、


スウェーデンから来た形成外科医が教えてくれた。


まさに、人種的な女性の体形の違いである。


 


乳房が大きすぎると重力で中年となり垂れてきて、


乳房の下の前胸部に汗がたまって、


湿疹が、多く出来る。


そのため、乳房縮小術がスウェーデンでは、多くなっているとの事だった。


 


永田小耳症形成外科クリニックでは、


ホームページにイラストで示しているように


乳房縮小術が行える設備のあるクリニックである。


この手術は、全身麻酔下の手術なので


通常の局所麻酔のみの美容外科では行えない手術である。


しかも術後は、入院設備が必要である。


入院設備の無い外来だけの美容外科では行えない。


当院では常に全身麻酔手術を行って入院患者のいるクリニックなので


その点も安心して乳房縮小手術が受けられるクリニックとなっている。


 


 


 


 

困難な状況に出くわしたとき


それにどう対処するのかによって、


大きく人生が変わるキーポイントがある。


それが後で気が付く事がある。


 


もしあの時こうしていたら、


現在は、随分変わっていただろう、と言うようなキーポイントである。


私も振り返ると、あの時こうすればよかったと


今、気が付く事が多い。


 


今度そのようなときに遭遇したら、


今度は、こうしようと決めておく。


 


そんなことを、数多く決めておけば大きな失敗も


少なく出来る。


しかし時々、そのように出来ないところがあるのが


人間の単純には行かないところだ。




 

4000枚のスライド整理が終わり、ややうんざりしているところだ。


さすがに肩こりがする。


毎回少しずつやれば良いとはわかっていても、


いつも、ぎりぎりとならなければ体が動かない。


 


これだけの小耳症のスライドを見ると、


また新たな発想が湧いてくるから不思議だ。


術前の形が似たようなタイプだけを集めてみて


どのようにしたら、最もベストな結果となるのか比較できる。


わずかなデザインの違いが


結果にどのように反映するのかを細かくチェックする事が重要だ。


これで反省を行うことで、進歩への道が開かれる。


 


この作業を学会のたびに4半世紀行ってきた


4半世紀は、長いようで短い。

ようやく4000枚ものスライド整理が


最終段階に入った。


何しろこの1年分のスライドだ。


あいも変わらずスライドですか?


と言われるが、


私にとってはコンピューターが壊れたときに画像が飛んでしまう事が怖いし、


スライドならば、コンピューターに入れられるので、


この四半世紀そのまま継続している。


必要なとき必要なだけを、コンピューターに入れている。


ただしコンピューターに入れる時は園長先生に頼んでいるのだ。


 


かつての学会では重たいスライドを500枚も海外に持っていって


公演前に、スライドを1枚1枚、時間をかけてカーセルに入れてから


発表後には、また自分のスライドホルダーに


入れ戻す大変な作業を行っていたものだが、


 


何せ今は、学会発表は,どこでもコンピューター画像だから、


持ち運びも楽になった。