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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

人と同じ事をやっていて、


人と同じ報酬がほしいという人がいる。


人の後に続いているだけだから、


それを最初に始めた人よりも少ない報酬で、当然だ。


 


だから人が気付かずやらない事を、やるべきだ。


簡単に人を入れ替える事が出来ないような、その人にしか出来ないような、


そんな独自の事を、やらなければ、独自の道を切り開けるわけがない。


 


皆が常識と思っていることの中に、必ずしも、そうではない事がある。


それに気が付いた時は、チャンスの始まりなのだ。


 


「間違いだった」と皆に、わかるようにするためには、


解決策を具体的に示して、実例を数多く示す事だ。


その実例を作る時期には、


自費を投げ売ってでも、行う覚悟が必要だ。


そうすれば、


最初は、馬鹿扱いされても


、後で真実を皆が認知してくると


 


馬鹿扱いした人のほうが、


馬鹿だった、と言われる様になる。

昨日は、不可能だった事が


今日は、可能となった日がある。


そんな日は、記念すべき、重要な日だったのだ。


自分が悟りを開いた、記念すべき日なのだ。


 


それが、全人類に役に立つ事の悟りだった日だったら、


素晴らしい事だ。


 


 

一度どん底まで落ちたような経験をしても


そこから這い上がった人達がいる。


 


そして頂点を極めた人達がいる。


 


そのような人達の、どん底の時期は、


その人にとっては必要なことだった。


 


何故、そのようになったのか?どこが問題だったのか?


その時期に、深く考え、


新たにどうしたら良いのか、という事が、イメージ出来ている。


 


だから、どん底をなめた人は強くなれる。


 


寄らば大樹の陰で、


いつも、他人任せの、安定志向の人は、


決して頂点には登れない。


 

気がつけば、もう7月となっている。


恐ろしいほど日が立つのは早いものだ。


今年も折り返しを過ぎたということだ。


 


人は無限に生きるわけではないので、


この日々を、くいが残らないように懸命に生きなければならない。


と思うと、


今、ちょっとでもボーっとしていた時間が、


もったいなく感じてしまう。


 


今、私が生きているのは何のためなのか、


と言う事を考えても意味が無い。


私は、気がついたら、この世にいて、自分だった。


自分は、多くの人間の一人に過ぎない。


 


でも、せっかくの自分なのだから、


思うことを精一杯やるだけだ。


限られた時間しか生きられない人間だから。


 


 

人間、色々経験を積めば積むほど


深くその起こった事を、理解できるようになっているので、


何が勃発しても、対処できるようになるものだ。


 


その経験の程度が、激しければ激しいほど、


それを乗り越えた後は、


それより軽い程度の事は、難なく解決できる。


 


だから、人は、若いうちから「苦労は買ってでも、しておくほうが良い」。


そうしないと、歳をとってからでは、対処できなくなるからだ。


 


だから、出来るだけ若いうちから、


人がしないような苦労まで徹底的にしておいたほうが良い。


 


そうすれば必ず独自の道が開ける。