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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

猿と言う言葉の意味は、


「猿真似」と言う言葉と同じだ。


 


自ら考える事は出来ず、


人が行ったことのまねしか出来ない。


「さるまね」。


イエローモンキー


そういわれても


ただじっと我慢している日本人が多い。


 


とんでもないことだ。


日本発の医療を開発して相手に教育してこそ


そのようには言われなくなる。


 


 


 


 

今日の術前検査の患者さんは


来週手術予定の方で、3人いたのだが


そのうちの一人は、


大学病院で小耳症手術をすでに行ったものの、


不幸な結果となった患者さんだった。


 


耳の位置がずれており、再建された耳は平らで、


立ってもおらずに、


耳の後ろには違う色の皮膚を移植されて


その皮膚からは、陰毛が生えている患者さんだった。


いわゆるタンザーもどきの手術だ。


後で移植肋軟骨が融けてくる運命の手術だ。


 


このような手術を、いまだに行っている教授がほとんどで


教育が間違っている。


 


患者さんはかわいそうだが。


こんな事が起こらないようにするには、


患者さん自らも、その大学がどんなレベルの手術をしているのかを


あらかじめ厳しく下調べするが重要だ。


 


ほとんどの大学がこのような手術を


いまだに平気で行っていることを念頭にすべきだ。


 

大学病院は、教育、診療、研究から成り立っている。


この3本柱が備わっていて


始めて大学病院としての資格がある。


 


形成外科では、形態を再建する仕事が本質である。


その本質のレベルが低くては、


教育以前の問題である。


さらに、研究もしていなければ


論文も出ない。


 


そんな大学の形成外科は、百害あって一利無し。


平気で、作り直さなければならない耳の作り方を教えている。

通常、人は今日の経験から


明日を予想する事が出来る。


 


今日の失敗は明日の成功のために反省をして


考えを改めるのが普通である。


だから明日は、進歩できる。


当たり前の事だ。


 


しかしながら。


その当たり前のことがなかなか実行できないことが多い。


その反省がなされないと進歩も無い。


 


進歩しようと言う考えが無いとしか


考えられない大学があまりに多すぎるために


作り直しの小耳症手術が当院では増えている。


大学教育の質が問われる。


 


明日も大学病院で手術された患者さんの作り直し手術だ。


 


 

入院して手術を受けて


同じ手術をしていても


患者さんによって反応が違う。


すなわち表現力の違いである。


 


鏡で出来た耳を見て「すごい」。


と、感嘆の声を出す子供もいれば。


中には「泣き出す子供もいる。


後で泣いた理由を聞いたら


「あまりにも本物と同じ耳が、出来あがっていて嬉しかった。」と


いう、嬉し泣きだった。


 


また、その場では何にも言わなかったのだが、


後で親に「耳が出来て嬉しかった。その耳を始めて見たよ。」


と言っていたりする。


 


人には、それぞれの感受性の違いと、表現力の違いがある。


 


 

月曜日の外来は、


手術の10日ほど前の


術前検査の日である。


 


毎週3件手術をしているので


術前検査の患者さんも毎週3名となっている。


皆元気で検査はすぐ終わるのだが、


時々、採血の注射を嫌がる患者さんもいる。


最大2時間を要した患者さんもいた。


 


それでも、


いざ当日になってから


麻酔医の上手な誘導のおかげで、


手術は遂行されている。

現在当院には、


小耳症といっても


ローヘアーラインを伴う困難なケースばかりが


多く入院している。


 


明日は一旦、他の施設で作られたものの、


不幸な結果となってしまった


小耳症患者さんの


作り直し手術。


 


これが、また大変時間のかかる手術だ。


そんな困難な患者さんばかりなので


入院ベットが万床で、


なかなかベッドのやりくりが大変となっている。


 


 


 


 

法律は原則として守るべきルールだ。


しかし法律だからといって、


これを全て守るべきだと


杓子定規に当てはめようとばかりしていると、


とんでもなく世の中は間違った方向へと進む事もある。


 


なぜならば、完全に理想的な法律は、無いからである。


道徳的には問題があっても


法律に規定が無いから、無罪だという事になる。


 


科学の発達についてゆけない法律はいつも遅れているために


新たな法律が必要になることが多すぎる。


 


逆に、道徳的には問題が無い正しい場合でも


法律違反となる場合がある。


 


あくまで、法律優先手技とすると


世の中は、限りなくギスギスと、せちが無い状態となる。


 


医療従事者の犠牲と善意で


成り立っていた面が多かった救急医療は、


崩壊した。


善意で行うお金を度外視した


救急医療を身を削って行っても、


訴訟の危険があるのならば、


安全な医療だけ行いたいと、消極的な医療となってしまう。


 


 


 


 


 


 

阿部内閣が内閣改造を行ったが、


またまた・・・・・・新農林水産大臣の


お金にまつわる問題が発覚した。


 


続投させるよりも辞任させたほうが被害が少ない


との理由で、辞任させる意向を示した。


 


なんと言うあさはかな人事だった事か。


政治家でお金をきちんとしていない場合は、


政治家自体をすぐやめさせる制度を新たに作る必要がありそうだ。


 


情けない自民党になってしまったものだ。


もう、うんざりだと国民は感じている。