FC2ブログ

永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

10月28日からアメリカ形成外科学会のために、


出発しないといけない。


アメリカ形成外科学会で私は


小耳症のインストラクショナルコースを、長時間行って、


アメリカの医師を、教育する。


 


そのために、今日は一日かかって、原稿つくりを行った。


忙しすぎる今月だ。


 


またまた、時差ぼけの世界へ突入しなければならない。


今回の開催地はボルチモア


情報によるとあまり治安の良くないところのようだ。


 


今回はアメリカなので、飛行機の手荷物検査も厳しいようだ。


だから、コンピューターを持っていくのはやめた。


それでその間は私がこのブログをかけない。


帰国は11月1日の予定です。


 


 

エジンバラでの国際耳再建学会を開催したのは


エジンバラ王立小児病院の、ケン・スチュワート医師だ。


 


私が、エジンバラ空港に着いたときには、空港に自らで迎えに来てくれていた。


彼の車で、ホテルまで連れて行ってくれたのだが、その途中で


町を案内してみせる。


とても綺麗な、おとぎの国のようなところだった。


 


さて、彼はまず、パリ在住のフランソワーズフィアミンの所へ行って


間接的に、「永田法」を学ぶつもりだった。


フィアミンが、永田法を行っているとの事だったからだ。


しかしフィアミンが彼に言ったのは、


「まずアメリカのブレントの所に行って、基礎的なことを学んでから、


自分の所へ来るべきだ。永田の所へ直接行っても教えてはくれない。」と。


そこで彼は言われたとおり、


ブレントの所へ行き、ブレントに高い授業料を払って、学び


エジンバラへ帰ってからブレント法を行っていた。


 


その後、2年ほど前・イギリスのバーミンガム大学で、


行われた小耳症学会で、私のレクチャーと、デモンストレーション手術を見て


私の所へ来て「日本に行って、永田法を学びたいのです。


手術見学させてもらえませんか?」と聞かれた。


私が「いいですよ。」と答えたので、彼は、大喜びだった。


 


そして昨年、麻酔医師を引き連れて、永田小耳症形成外科クリニック


へと、学びにやってきた。


小耳症の麻酔医は、永田小耳症形成外科クリニックに麻酔をかけにきている


上園教授から、小耳症手術のための低血圧麻酔法を学んだ。


今回の私が行うデモンストレーション手術の際には


、その麻酔医が私の手術の麻酔をかけたので、麻酔からさめた患者さんは元気だった。


また、スチュワートは、私の小耳症手術を繰り返し熱心に学んだ。


 


そして帰国後、ブレント法から私の方法での手術に切り替えたとたん、


結果が、圧倒的に良くなった。


ブレント法で行っていた以前の患者さんと、永田法に切り替えた患者さんとの


間で、あまりにも結果が良くなりすぎたので、以前の患者さん達からの


クレームがでるほどだった。


 


そして、今回の国際学会を開催するまでとなった。


そして、学会最終日に、彼の自宅での夕食会が行われた。


 


フィアミンに向かって彼は、日本へ行って永田の所で直接学んだ事を述べた。


フィアミンは、あせって彼に聞いた、「いつ行ったのだ?」と。


 


スチュワート医師にとって見れば、最初から


永田法を学んだほうが良かったとの思いがある。


そんなことが起こっていたとは、私の知るよしもなかった。


 


とにかく、彼の患者にとって、現在は、良い耳が作れるようになってよかった。


 


話は変わって、エジンバラで、スチュワートと言う名前は貴族の名前だそうだ。


彼の自宅は広大で、学会の夕食会も開催できるほど広い。


庭は、街の中なのにもかかわらず、サッカーが出来るほどの広さだった。


 


そういえば、ロンドンで小耳症を最も多く手術している


デイビット・ガルト医師も私の手術法を学びに来た一人だが、


彼の家の庭の中をテームズ川が流れているのだから、


いまだにイギリス人の貴族は、


お金持ちで、階級制度も保ち続けている事が垣間見えた。

スペイン語を習い始めて、早8ヶ月・・・
全く上達しない私ですが、懲りずに習いに行ってます。
本日も行ってまいりました

今日はびっくりしたスペインの常識を2点紹介

 先生:「2時に約束をしたら何時に行きますか?」

 :「えっ、2時です。もしくは少し早く行っちゃうかも・・・」

 先生:「ですよね。。。でも、スペインでは30分後なんです。2時に約束したら、2時30分なんです。」

って・・・えっ、30分後・・・
その常識を知らなかったら、30分待ちぼうけじゃないですかぁ~。
怒って、帰っちゃうよぉ~~

そして、もう1つ。
スペインでは自分の誕生日会は自分で開催するんですって
日本じゃ、友人なり、家族など他人が開催してくれますよね。
それが、自分が準備して、開催するなんて・・・
今年の私の誕生日は、スペイン人の友人Gさんが開催してくれた(6月28日のブログ参照あれ)
きっと、日本のスタイルにしてくれたんですね~~
感謝、感謝・・・¡Gracias!


しかし、全く上達しない私
もうすぐ現在形が完結するらしい。
これから「命令形」「現在完了」などなど・・・進んで行く
ど~~~しよう

自宅のトイレやら、壁やらに受験生のようにスペイン語を書きまくった紙を貼ってみた(笑)
覚えなきゃね~~



人それぞれに、人生でやりたいことが皆違っている。


だから、人がそれぞれ専門性を持ち、助け合って社会を築いて


生きていける。


社会には、色々な専門を持った人が必要なのだ。


だからそれぞれが自分の目標を達成できれば、


皆が満足感を持った平和な世の中となる。


それぞれがやりたいことをやればよいのだ。


 


だから私は無理強いは、決してしない。


やりたくないことを、無理にやれといわれて


いやいやながらやることほど辛い事はない。


そのような時、その人は不幸だからだ。


 


 


 


 


 

今回のエジンバラでの学会で、ひさびさに再開できたのは


韓国のチュールパク医師だ。


 


彼はヨンセイ大学病院の教授をしていたのだが、大学を辞めて、


ソウル市内に、小耳症専門クリニックを開業していた。


当時、韓国では、小耳症に関する国民保険は利かなかったのだが、


開業して2年後位のときに、


韓国で小耳症が保健適応となった。


 


しかし、手術時間の短いタンザー法に準じて


あまりにも安い保険点数となってしまったので、


病院が成り立たなくなり、閉鎖するとのうわさを、


チャングン大学のズンチャン・チェン医師から聞いていた。


 


彼は、永田法を基本とした治療法で、


韓国の小耳症患者さんのほとんどを手術していたので、


韓国の小耳症治療の危機となることを心配していた。


 


が・彼は、再び大学の教授となり、小耳症専門センターを開設してもらい、


彼の行う手術に関してだけは、国が特別に料金を加算する事となった。


 


このように、長時間かかる永田法が、良い結果をもたらすと、


韓国政府が認めたために、安いタンザー法とは別に特別料金が加算されて


韓国の小耳症患者さんは救われるようになった。


 


だから、今回エジンバラで再開したとき、彼は明るい顔をしていた。


逆に,私が開業した事を知って、喜んでくれた。


 


国と人種は違っても、小耳症治療の最先端を走る医師には


苦労が絶えないのだ。

今回の第4回国際耳再建学会は、


イギリス形成外科学会が後援した学会となり


世界中から真に耳つくりを専門とする形成外科医が集まった。


 


耳の再建に携わる各国を代表する専門家ばかりなので、


通常の形成外科学会の内容に比べて


初歩過ぎる質問などはなく、無駄な時間が少なくて、


発表内容も討論も充実したものばかりとなった。


 


すでに、このブログに報告したように、ほとんどの発表が


永田法を使った発表となっていた。


 


これまで4半世紀にわたり、依頼にできるだけ応じて


世界中を教育してまわった成果が実を結んだ。


 


典型的小耳症が出来るようになっても、ローヘアーラインや無耳症、再々建など


複雑な要素が、からむ小耳症は、まだみんなの発表では、少なかった。


 


私はこのような困難な症例についても永田法で、対応できる事を


実症例を多くして、


世界が認識できるような講演をした。


 


これまでは不可能とされていた困難な分野の手術をも可能だと


言う内容のレクチャーとしたので、終了後の拍手は、ひときわ多く、鳴りやまなっかった。


 


今後とも、新たな不可能を可能にする挑戦をすると共に


正しい永田法を世界に広めていく事が、私の仕事の一つだ。