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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

永田小耳症形成外科クリニックには

私と園長先生がいる。

園長先生は、自分でも「ヒルズクリニック」を開業しており、その院長先生でもある。


私も彼も院長という立場だから、

二人がいるときに「院長先生」と、呼ばれると、二人とも振り返ることになるから

看護士さんの提案で、「園長先生」と

呼ばれるようになった。


園長先生は、当院の「ムードメーカー」である。

彼は明るい性格なので

彼の話で皆が、パッと明るくなる。


本日も私が、疲れてちょっと落ち込んでいる時も

園長先生が話すと聞いているだけで

思わず大笑いをさせてくれる。


大笑いをすると、疲れも吹き飛び、

少なくなっていた呼吸回数も増すから、

酸素の取り入れ量も回復し、元気が取り戻せるから助かる。


そんな、園長先生について

当スタッフ達は、「悩むことなどない先生だ。」

と、思っている人がほとんどだ。

が、

実は、繊細で、ナイーブなところが多い人物なのだ。


私は、実際、彼の明るさで、救われている。

今日は園長先生が救いの神に見えた。

感謝している。


明日もよろしく。

頼りにしてます。


外来診察終了後に、将来、

小耳症の手術を予約している患者さんの御両親から

「永田先生は、何歳ですか?」

と質問される事が、しばしばある。


「今0歳の自分の子供が、10歳の手術年齢になった時は、

この先生は、元気で手術が出来る状態で生きているのだろうか?」

と心配されてのことだ。

質問は当然の事である。



「57歳です」と答えると、

「先生は、若いですね」と、

ほとんどの方から返事が返ってくる。

正直お世辞にしても、嬉しい。


いつまでも、若くありたいものだ。


次回からこの質問を受けた時は、

「何歳に見えますか?」

と質問しようと思っている。
皆、いつか、必ず、死ぬ運命から、逃れることはできない。

死んでからでないと、いつ死ぬのかは、わからない。

死んでからしか、どんな原因で死ぬのか?もわからない。


生まれて、すぐに、亡くなられる方もいる。

小学生のときに、亡くなった友達もいた。

青春時代になくなったクラスメートもいる。


友人達の死亡原因はさまざまである。

不慮の事故・病気・人災・天災・自殺など、

以上の全ての場合を平均しての平均寿命が、最も長いとされる国が日本だ。


日本人は世界がうらやむ長寿国である。

この点だけは、誇りとしていい国なのだ。


皆、もっと日本に誇りを持って生きたいものだ。




「生きていて良かったと思って最後の時を迎えたい。」

と皆思っている。


「後悔のない人生を、送り通して死にたいものだ。」

と皆思っている。


実際に、「亡くなった人のうち、何パーセントの人が、

そう思って死ぬことが出来たのだろうか?」

と、亡くなった人にアンケート調査が出来ない。


もし、これが可能なら、何パーセントと出るのだろうか?

聞いてみたい。

人は何のために生きているのだろうか?

という永遠のテーマを考えるなら、まず、

その自己意識の由来から根底を考える必要がある。


そもそも人は気がついたら生まれてきている。


自分と気がつくのは幼児のころである。かと言って、

「自分が自分である」ことに気がついた瞬間が

いつだったのかは誰も明確な時を示せない。

幼児のころは、自分が何故生まれてきたのか、などと考えることがない。


父と母の遺伝子を持ってたまたま、奇跡的に生まれてきたのが自分だ。

「生まれますか?」と、質問され「はい」と答え納得して生まれたのではない。


気がつけば自分だった。

「どうして、この体が自分だったのか?」が、

これまた不思議なことでもある。


今、このブログを読んでくださっている、あなたも、

あなたの体の中に自分がある。


気がついたらその体が、「あなた」、だったと言う事だ。


自分の体を使って人生を過ごしていくのだ。


もしかしたら、気がつけば自分は猫だったかもしれないのに。

今は自分が人間であってほっとしている。


あなたも人間社会に生まれ育った人間だからこそ、文章が理解できている。


元に戻って

果たして人間は何のために生きているのだろうか?

自分の存在に気がつき、いろいろな経験を重ねて

自分のやりたいことを見つけ出して行く。


やりたい事をやるために生きていければ満足だ。

やりたい事は人によって全く異なる。


正直にやりたい事をやれなければ生きていく意味がない。




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小耳症に、ほかの病院の耳鼻科で、耳穴をあけられている。
なぜかその際に、耳たぶを後ろへ移動されてしまっている。
このようなことをすると、皮膚への血行を阻害されている。
耳を作る形成外科医にとっては、唖然とさせられる症例だ。
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耳が存在すべき場所を赤マジックで書いたところ。
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手術デザインの完成。
デザインを考えるだけでも時間がかかった。
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作成した3次元肋軟骨フレーム。
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皮弁形成を行ったところ。
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肋軟骨移植を行ったところ。
耳輪脚部の皮膚の表面積が不足しているため
耳立て手術時に追加が必要だ。
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2008年1月18日。術前。
耳鼻科で耳穴をあける手術を行われ、耳たぶを後ろ斜めに移動されてしまっている。
耳を作る形成外科医にとっては、とんでもないことをされている。
全く通常の耳作り手術では対応できない。
ある意味世界初の困難な手術となる。
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耳の本来あるべき場所を赤マジックで書いている。
いかに耳たぶが移動されてしまったかがわかる。
私は1800例近くの小耳症手術を行ってきたが
このようなことをされてしまった患者さんと始めて遭遇した。
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皮弁形成の状態。
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3次元肋軟骨フレーム。
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皮下に3次元肋軟骨フレームを移植したところ。
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よくも皮弁が生きてくれた。
2008年7月24日の状態。まだ腫れている状態だが。
何とか耳らしくなっている。
耳立て手術時には修正が必要だ。

その1

このブログの写真は小耳症治療をご理解いただくために、参考資料として掲載させていただいています。
それぞれの症状によって、手術結果は異なりますのでご了承ください。

小耳症手術による合併症
一過性の顔面神経麻痺 浅側頭動・静脈の血行不良による植皮の生着不良 感染、移植軟骨の露出 気胸 術後肺炎
縫合不全 ハゲ 床ずれ その他
上記のような合併症が生じた場合は、症状に応じて対処致します。場合によっては再手術を行う可能性もあります。


その2

このブログの写真は耳介形成術をご理解いただくために、参考資料として掲載させていただいています。
それぞれの症状によって、手術結果は異なりますのでご了承ください。

耳介形成術による合併症
 感染、 縫合不全 その他
上記のような合併症が生じた場合は、症状に応じて対処致します。場合によっては再手術を行う可能性もあります。



院長の携帯電話が壊れた。蓋のちょうつがいがバラバラだ。
どうしたらこんな事になるのか、わからない。

私の名義になっているので、機種変更するために、壊れた携帯を持って、お店へ出かけて行った。
お店の人も首をひねっている。

よほど強く開かない限り、こんな壊れ方になるはずがない。
お風呂のスポンジが、なぜかあっという間にボロボロになるんです、とか・・・
歯ブラシが一回で磨り減ってしまうんです、とか・・・
お店の人にはそこまで説明はしなかったけど・・・
原因は携帯にあるのではないと思う。

うちへ帰って息子に見せたら、
やっぱり首をひねっている。

今度はボタンひとつで蓋が開く。
決して自分の力では開けないでください。

ちなみに金属製のは在庫がありませんでした。
嫌がらせに、待ち受け画面は、私の若い頃の写真です。



昨夜岩手県で地震がおき、

埼玉県の当クリニックまでゆれた。

震度6。震源の深さ130キロと発表された。


先月の宮城での地震とは関係がないと発表されていたが、

そんなはずはない。


太平洋プレートが日本の下に入り込む事で、

地震がおきているのだから、

当然、前回の宮城地方の地震の後の土地のひずみが、

地理的に近い岩手に残って、

今回そのひずみのエネルギーが放出したもの

と考えたほうがわかりやすい。


地球規模で考えると、宮城と岩手は同一地点に近いからだ。

しかも、わずか1ヶ月のタイムラグしかないから、

これも、地球の歴史から言えば、同一時期ということだ。


それにしても足元から揺れる地震に人間はただ黙って収まるまで待つしかない。

昔から怖いものといえば、

地震、雷、火事、親父といわれてきた。


最近の親父は、弱い立場となり、怖いものから完全に外れている。

しかし、時代が変わっても

やはり怖いものの筆頭は地震であることに変わりはない。


地震の中で,弱い自身は、助かる自信も無く、

いつ地震がやんでくれるかと、時針をただ見つめていた。