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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

恒例の戸田の花火が、上がっている。


2階では、

小耳症で入院中の子供達が、

プレイルームから

花火鑑賞。

大賑わいだ。

この季節ならではの

入院中の子供達の楽しみだ。


夜空に輝く花火は、

キラキラと

一瞬の輝きを放つ。

次々と、光っては

消えて行く。


その瞬間が 

はかなくも

 美しい。

夜空のショーは、

きらびやかであり、

わずかばかりの

青春の桜ようにも思える。


花火のせん光の後に、

遅ればせながら

耳に届く 

低い破裂音。


子供のころ、この音に 

うきうきしたことを思い出す。


今は昨年の

この時を思い出す。


医局に遠くから響く音が、

私を郷愁に誘い込む。


夏祭り、

皆が歓声を上げている。


心静かに聴く、

夏の音。

しみわたっていく。

心に響いてゆく。


2階では子供達が騒いでいる。

楽しそうに。


ここには、

花火の音だけが 

聞   こ   え   て   い   る   。




15年前、4歳の子供さんが顔面を犬にかまれ

大怪我をした患者さんがいた。


傷がめくれ上がり大変な状態だった。

私はその患者さんの治療を何回か行った。

その結果ずいぶん傷も治った。


4歳では、泣いて精密な細かな糸を抜くのも大変だったはずだ。

鼻骨の骨折などもあり、まだまだ治療すべきところが残っていたが

もっと大きくなってから細かいところを直すことにした。


もう今は、19歳になっている。

その患者さんが、お母さんとともに来られた。

私も記憶のかなたとなっていた。


お母さんがおっしゃるには、「永田先生が必ず直してくれるって言った。」

と当時4歳だった本人が覚えていたと言う。


それから15年もたち、

お母さんは、私の居場所を探し回ったのだそうだ。

一説には、「アメリカに行った」と聞いたとの事。

他県の患者さんなので、私を探し出すことが出来なかったのだろう。

あきらめかけていたが、

最近になって、埼玉県の、日赤病院で、形成外科の女医先生から

私の居場所を、ついに聞いたとの事だった。

「先生ずいぶん探しましたよ!」と、お母さんがおしゃった。

非常に苦労して探し回ったということがわかった。


まだ少し残された傷跡や、鼻骨骨折の跡などを直すため

来年の手術予約をおとりになって帰られた。


4歳児だった患者さんが、私のことをいまだに、覚えてくれたことに驚いた。

又、私の居場所を探し出したお母さんにも驚いている。


信頼して15年後となって探してまで、他の県から来られた患者さんのためにも

最善の治療を行わなければと、思っている。
気がつけば、8月になっている。

しかも2日だ。

時の経過は早い。


と、言っているまもなく

まだ9時前から当院玄関は開いていないのに

外で待っている患者さんがいる。