FC2ブログ

永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

真剣に取り組むとき

真剣に語るとき

人は

瞬時に輝く。


その姿に、

心打たれ

人は引かれ

吸い込まれる。


憧れともいえる存在。


時と共に輝きを増す。

勇気が出る。


扉を開けると

そこに

いつも

光り輝いている。


私の大切な扉。












8月6日、広島に世界初の原子爆弾が投下された。

8月9日、長崎に世界2番目の原子爆弾が投下された。


それから63年も経過した。

世界で、原子爆弾が投下された都市は、このたった2都市のみだ。


毎年、毎年、広島・長崎で原子爆弾廃絶を求めて記念式典が行われてきた。

が、現在世界では、核を持つ国が増え続けて来ている。

核廃絶運動は全く実を結んでいない。


私は原爆投下5年後の長崎生まれだ。

私の母は、63歳で、白血病となり、この世を去った。

私が形成外科医となったのも、原爆乙女の話を聞いてからだった。

以前、このブログにも書いたところである。


これまでも、被爆者が核廃絶を求めて、アメリカに行って、この運動を行ったことがある。

しかし、アメリカでの反応は冷ややかなものであった。


日本の中でも、この運動は、広島、長崎に限られてきた感がある。

それぞれの市長は、核廃絶を訴えてきたが


日本国家としては、逆に、アメリカの核兵器の傘下に入り

安全確保をしてもらうと言う意味で

核廃絶と言うことを決して訴えることは出来なかった。


総理大臣をはじめとした日本を代表する政治家は、

広島、長崎の記念式典において、核廃絶を望むと言うことをリップサービスで述べているが、

世界に対しては、沈黙してきた。

いや、むしろ、賛成とも受け取られかねない状態だった。

特にアメリカ大統領に対しては、禁句ともいうべき態度で、この点に触れることすら出来なかった。

国連の場においても、日本国家として声を上げても、ロシア、中国、アメリカなどが

棄権に回ったり、不賛成に回っている。


日本は、核の投下を受けた唯一の国として

もっとはっきりと核廃絶を国連の場で、核の恐怖を映像で

強く訴えるように方向転換をすべきである。

むしろ世界のリーダーとして、核廃絶運動の力を入れるべき唯一の国であるはず立場だ。


広島、長崎のみでなく、首都である東京で、

国を挙げた政府の取り組みにすべきである。


核廃絶運動が、国内の政治がらみで、いろいろな団体に分裂しているようでは

意味がない。


これからの運動を方向転換しない限り、

2都市のみでの記念式典の声は世界ににとどかない。

無駄に終わることすらある。


日本語や英語ばかりでなく

アラビア語、ロシア語、スペイン語、フランス語、イタリア語、中国語、韓国語など

あらゆる言語に翻訳して、

世界中に唯一の被爆体験を、核の恐怖を、発信することこそ

原子爆弾の恐怖を世界に訴えることが出来る。

被爆当時の映像を、見ている人にショックなシーンをも含めて

包み隠さず全てをさらけ出して、

全ての言語で、放送できるようにすべきだ。


核廃絶の運動のための共通点はここにある。

ここを訴えなければ意味がない。



もっと、頭を使った核廃止運動が必要だ。



日本の中だけで、日本語だけで、記念式典を行っていても、世界には届かないのだ。


私としては、国際学会でいろいろな国から招待講演を依頼されるたびに

機会あるごとに、

核の破裂の後、命が助かった人でも、

自分の姿に絶望して、自ら命を絶った原爆乙女の話をしている。

このような状況の患者さんの治療を目指して

形成外科医になったことをも話している。


イギリスのバーミンガム大学で小耳症の

教育用小耳症デモンストレーション手術を行ったとき

インタビューに来た新聞記者に、このエピソードを話したら、

次の日には、これがイギリスの新聞記事となっていた。


,直接の被爆者でなくても、

日本人ならば、唯一の被爆国の国民として

団体運動ばかりでなく、各個人としても

世界に訴える手段は、いろいろある。


核廃絶運動を、分裂することなく、日本が本気で行ってこそ、

真の国際平和に貢献する国として、

世界に尊敬される国となれるはずだ。


各個人の、力も、無視できないほど大きな力となる。



本日水曜日は、午後から外来の日。

午前中には2名の小耳症の患者さんが退院となり

次の耳立て手術を半年後に予約して無事帰られた。


代わりに、明日の小耳症手術予定の患者さんが入院された。

明日には、あさって手術予定の小耳症の患者さんが入院される。


入院と退院の小耳症患者さんが毎週3名ずつ入れ替わることで、

常に、永田小耳症形成外科クリニックでは、1年中途切れることなく

小耳症患者さんが15ベットを、ほぼ埋め尽くしている。


10歳で初回の手術を行う小耳症なので、

その年齢の方がほとんどと言うことになる。


10歳になった小耳症患者さんは

6000出生に一人と言う超稀な疾患で、

日本中に10歳となった小耳症の患者さんは

具体的に100名程度と言われている。


毎週3件確実に年中小耳症手術を行っていると言うことは

日本中から永田小耳症形成外科クリニックにこられていることになる。

だから、入院病室では日本各地の方言が

さまざまに飛び交うと言う珍しいクリニックとなっている。


常に患者さんは10歳のかたばかりであるのに対し

スタッフは、毎年、年を取っていく

だから、患者さんの年齢とスタッフの年齢とが

毎年、開いていく。


ちょっと、珍現象だ。