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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

「米軍カメラマンが見た長崎」。

と言うタイトルで、NHK番組放送があった。


このカメラマンは、日本の真珠湾攻撃に憎しみを持ち

自ら志願し、アメリカ軍に入隊した。


1945年、8月9日長崎に原子爆弾が投下。

まもなく、そのアメリカ兵は長崎に入った。


そして長崎の惨状を、目の当たりにした。

彼は、これら惨状を写真に取り、アメリカへ持ち帰った。


長崎で、

想像を絶する悲惨な傷を負った人々を見た彼は

ショックと衝撃を受け、彼の心は、大きく揺さぶられた。

救護所で肉の塊としか見えなかった眼だけ大きく目立つ瀕死の被爆者から

「あなたは敵だ。私を殺してくれ。」と言われたそうだ。

次の日、その救護所を再び訪れたが、その人はもういなかった。

そして、日本人への憎しみは消え、哀れに思うようになった。

原爆投下を非人道的と感じるようになった。


彼は長い間、アメリカへ持ち帰ったこの写真を封印していた。

家族にも、この写真の入れ物を決してあけさせなかった。


時間が経つにつれて、彼には、原爆の残留放射能障害である皮膚癌ができた。

アメリカ政府に保証を要求したが受け入れられなかった。


そしてついに、あの写真を取り出し「原爆長崎」の写真展を

アメリカ国内で開こうとした。

しかし彼が申し込んだ36箇所にも及ぶどの施設でも

この写真展に対して、会場を貸してはくれなかった。


それどころか、アメリカ国内からは彼に対し

非難の声が巻き上がった。


「アメリカが嫌いならば日本に住め」などという中傷が巻き起こった。

中傷は家族にも及んだ。

彼の妻は、彼の行動が理解できず離婚となった。

彼は80歳を越してから皮膚癌、の転移で死亡した。


彼の死後、生前に彼の吹き込んだテープが残されていた。


「アメリカが好むと、好まざるにかかわらず、

広島8月6日、と長崎8月9日とは、100年後も、毎年やってくる。」

「原子爆弾投下という非人道的なことは戒めるべきことである。」

「一人の小さな、運動であっても、波紋は広がる。」

「この運動を引き継いでくれる人が一人でもいれば、波紋はもっと広がる。」

これを聞いた彼の息子は

父の長崎での写真をインターネットに乗せた。


程なく、彼の息子にも、アメリカ国内から、非難の声が届き始めた。

「日本に落とした原子爆弾は、これ以上戦争の犠牲者を増やさないため

必要なことだったのだ、だから、誤る必要など全くない」。などといったことだった、

が、中には、逆に原爆投下に対する批判的な意見も寄せられるようになった。

時代の経過と共に、アメリカ人の中にも原爆に対する批判の声がでるようになった。


そして、半年後、その息子の父と離婚した母からメールが入った。

「彼の運動の意味は、いまだにわからないが、彼の撮った写真が

今、アメリカ人に、多くのことを訴えて

大きな影響を及ぼしている事が理解できるようになった。

それを引き継いだ息子のあなたを、誇りに思っている。」と。



そして、今年、その写真展が長崎で開催され

彼の息子は、長崎へ招待されて来日した。

父がかつて取った写真の中に大やけどを負った人がいた。

かつて父は何度も日本へと足を運び、写真展を行い、

写真の人との交流を何度も持っていた。

その父親が亡くなった後の

今回は、その息子が、父の、かつて交流をしていた人と会うことになった。


息子は、父の意向を汲んで、その運動を引き継いだのだ。

そんな、心あるアメリカ人もいることを知って、

被爆者も少しは心安らかになれる。


私の母も長崎での残留放射線を浴び

63歳で白血病を発症し、亡くなった。

母が亡くなってから、20年が経過した。


「あなたが、やりたいことがあれば、世界中どこへ行ってもいいから。

一生は、一度しかないから、

ふりかえっても後悔することのないように、

お母さんのことなど考えなくてもいいから

最後までやりたいことは、

納得するまでやり遂げなさい」。

と、私の子供のころ母が私に言っていたことが

心に残る。



DSC05975.jpg
Lobule type microtia.
耳垂残存型小耳症。
DSC05976.jpg
Normal anatomical position of the auricle in red.
定常な耳のあるべき場所を赤で示す。
DSC05977.jpg
Dezign
デザイン
DSC05978.jpg
Fabricated 3-dimensional costal cartilage frame.
作成した3次元肋軟骨フレーム。
DSC05979.jpg
4 skin flaps foamed and skin pocket created.
4つの皮弁作成および皮下ポケット作成。
DSC05980.jpg
3-dimensional costal cartilage frame is grafted under the skin pocket.
3次元肋軟骨フレームを、皮下に移植したところ。

その1

このブログの写真は小耳症治療をご理解いただくために、参考資料として掲載させていただいています。
それぞれの症状によって、手術結果は異なりますのでご了承ください。

小耳症手術による合併症
一過性の顔面神経麻痺 浅側頭動・静脈の血行不良による植皮の生着不良 感染、移植軟骨の露出 気胸 術後肺炎
縫合不全 ハゲ 床ずれ その他
上記のような合併症が生じた場合は、症状に応じて対処致します。場合によっては再手術を行う可能性もあります。


その2

このブログの写真は耳介形成術をご理解いただくために、参考資料として掲載させていただいています。
それぞれの症状によって、手術結果は異なりますのでご了承ください。

耳介形成術による合併症
 感染、 縫合不全 その他
上記のような合併症が生じた場合は、症状に応じて対処致します。場合によっては再手術を行う可能性もあります。



昨夜はひどい夜だった。

さんざんだった。

さすがに

疲労困憊


真夏の夜の悪夢


すべてが変わって見える。

匂いも違っている


私の指の間から

砂が

ただ

さらさらと

音もなく

流れ落ちていく。

眠れないときは

起きているしかない。


かつて眠れないといって真夜中に

救急車で来た患者さんがいた。


眠れないときは

起きていれば

限界が来て

いつか眠れる。
奇跡を信じて

今日も生きてみよう。


奇跡を信じて

今日も素直になろう。


奇跡を信じて

今日も耐えてみよう。


流れに逆らい

つらくても

涙を流さず

朝を迎えよう。


上を向いて


苦しくても

奇跡を信じて

待とう。


きっと明日は来る。


そう信じなければ

生きる力すらなくなってしまう。


恐怖の

負のスパイラルに

巻き込まれないように。


奇跡を信じて

生きてみよう。


奇跡を信じて

暖めてみよう。









園長先生・・・

このブログには、、、

ひっさしぶりの登場である。。。


サルトル院長が書いた“珍現象”

これは・・・

“怪現象”でもある。。。


永田クリニックのスタッフの平均年齢は○○歳。

医師、看護師さん・・・すべてのスタッフは大ベテラン!

麻酔をかけてくれる慈恵医大の先生方も大ベテラン!

みんな百戦錬磨の優秀なスタッフ・・・

でも・・・

最近は・・・

いや・・・

だいぶ前からか・・・かな!?

ど、どうも、、、

日付・曜日がわからなくなってきている。。。

クリニックでは、

このような会話は日常茶飯事なのだ。。。

「今日何日?」

「わかりません!!!」

「自分で調べて下さい!!!」


「今日、何曜日だっけ?」

・・・本当は木曜日なのに、、、

「火曜日でしょ!!!しっかりして下さい!!!」

・・・だって。。。




み、みんな

頭の中が少し・・・

歳を重ねているようなのだ。。。

自覚があるのかどうか

こればっかりはわからないが・・・


手術にやってくるお子さんたちは10歳・・・

スタッフの頭の中は・・・上昇曲線

差は広がる一方なのである。。。

まさに“怪現象”なのだ。。。