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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

RIMG0001のコピー

今日は年に一度の消防訓練の日です。

院長がアメリカへ行っていて、いないし、手術がないので入院患者さんも少なく、
ちょっと寂しい気がしていたのですが、
今年は「戸田市消防署」から2名の消防士さんに来ていただき、
お母さん達にも参加してもらって、
何とか無事に終わりました。

夜勤の多い I さんは、「夜勤のときに火事になったら責任重大」と、真剣そのもの。
参加していただいたお母さん達も、あかい消火器を軽々と扱って、模擬消火。

子供達には、非難をするときは体を低くして、
ナースには、通報したらすぐ子供を避難させて、
と実際に即した指導が受けられ、短時間の訓練でしたが
まことに有意義でした。

○先生に記念写真もコピーしてもらいました。
皆さん、お疲れ様でした。
ご協力ありがとうございます。
アメリカ大統領選挙が終わった今日。

ほぼオバマ候補の優勢がニュースとなっている中、


アメリカ形成外科学会のインストラクショナルコースを無事終了して

やっと、ホテルへ帰ってきた。


ホテルの前には、多くの警官がいたるところに配置されて警戒厳重な状態。

ホテルの道路には、テレビ局の中継車が昨日から何台もそのままいる。


ホテルの玄関を入ると。


大勢の熱狂の声がフロアーに響いている。

何事かと思ったら、


なんと、オバマ候補が、

このホテル内に姿を見せたために大騒ぎとなっていたのだ。


よりにもよって、アメリカは広いのに

オバマ候補は、シカゴのわれわれが泊まっているホテルに来ていたのだ。

それも、アメリカ形成外科学会で、

私の、小耳症インストラクショナルコース講演と同じ日にだ。


ジョージさんと二人、大興奮のそれに、まきこまれないように、

急いで部屋へ戻った。


テレビをつけると、さっき通ったばかりの、このホテルの前で

聴衆が大騒ぎしている光景が

リアルタイムで映し出されているではないか。


毎日毎日ずっと、

永田小耳症形成外科クリニックに一年中泊り込んでいた私が、

今年初めて5日間の留守をしてアメリカに着たら、


この歴史的瞬間に出会ったばかりか、

アメリカ史上初という黒人の血が混じったオバマ候補が大統領となるという

まさに、奇跡の人物が、同じホテルにいるなんて、

アメリカは広いのに、

よりにもよって、驚き、桃の木、サンショの木。

このように、いつも、私の周りでは、

奇跡が起きる。というのは、言いすぎだろうか?



驚いたとともに、お腹が減って

ホテル内のステーキハウスで夕食をとり、

このブログを書いています。


今、こちらは、もうすぐ夜の10時。

明日の朝はシカゴ空港から朝9時5分の成田行きへ乗る予定です。


早く日本へ帰りたい。

そして、パンではなく、ご飯を食べたい。

無事に、アメリカ形成外科学会の

3時間の小耳症のインストラクショナルコースを終えた。


本当に公演中は眠かったが、なんとか、やり遂げた。


私が、まず1時間半の講演をし、5分間休憩を取り、

教え子3人が、残り時間を、講演した。


教え子たちはそれぞれ、永田法を習得するには

どのような訓練が必要なのかを、主に語った。


教え子は、トロントのシックチルドレン病院の2名の医師、

デイビット、フィッシャー医師と、レイラ、カスライ医師。

レイラ、カスライ医師は女医で、現在、妊娠中でお腹を抱えての講演だった。

もう一人は、アルバータ大学のゴードン、ウイルキス教授だ。


聴衆からの、質問も活発に来て、やりがいがある教育講演となった。

小耳症を専門とする医師ばかりが、聴衆として集まっていたので。

質問の内容も的確な事ばかりだった。


この聴衆に質問したところ

一人を除いて、ほかは全て、永田法を行っているとの事だった。


聴衆は世界各国から集まっていた。

一人だけが、ブレント法をいまだ行っており、肩身が狭そうだった。

これも時代の流れだ。


来年は9月に、国際小耳症学会が、オーストラリアで行われるし、

11月終わりには、インドで国際学会が行われるために、

今日の教育コースを行ったメンバーは、4人とも

この2つの学会へ出席することになっている。

4人とも皆、何らかの形でこれらの学会から招待されている。


だから、来年10月のアメリカ形成外科学会にて、

教育コースを行うのはスケジュール的に4人とも無理となることを確認した。



とにかく講演終了後、聴衆の中から、永田小耳症形成外科クリニックへ

小耳症手術を見学に来たいとの申し込みが数件あった。


イタリアから来た女医さんと、パキスタンから来た医師が

特に執拗に見学に来たいと依頼してきた。


中国からの医師団は、私とブレントを、中国の学会へ招待したいとの事だった。

サウジアラビアからの医師と、パキスタンからの医師も、私を学会に招待したいと依頼して来た。

が、とても全てには応じられない。


ようやく、夕方開放された。