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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

人生は1度しかない。

どんな人も、時が来れば必ず死ぬ。

永遠に生きることなど不可能なのだ。


しかも、最大限生きたとしてもたった100年。

人生50年という時代もあった位だ。

西暦2009年といえば、人生50年と計算しても41世代目に過ぎない。

すなわち先祖は西暦0年から、たった40世代しかないのだ。

そう考えると、人生は、はかなく短い限られた時間しかない。


人は、何のために生きているのだろうか?

自分と気がついたのは、おそらく3歳くらいからだろう。

自ら「生まれる」と宣言して生まれたわけでもない。

しかし、気がついたら、そこに自分となっていた。


摩訶不思議なことだ。


しかし自分が存在しているということは今、紛れもない事実だ。

ぼやぼやしていると、あっという間に人生は終了となる。


これから先は考えようによっては長いのかもしれないが、

実はあっという間に過ぎるはずだ。

なぜなら、過去を振り返ると、一瞬だったことがわかる。


そして今がある。

死ぬ時、、あの時、こうしていればよかったのに、などと思いたくない。

死ぬ時、やり残したことがある、なんて事になりたくない。

そのためには、自分の心に正直にやりたいことを、存分にやる事だ。


一般常識などにとらわれず突っ走ることだ。

いつも自分に正直に。


実は、自分に正直にありたくても

通常は、なかなか社会的常識や、出世のためや、平穏な生活の事を考えると

自分をまげて社会通念に埋没してしまわなければならなくなる。


そんなことを繰り返していると、必ず死ぬ時に後悔する。


日本中で、毎年たった100名しか生まれない小耳症治療に没頭しても

通常は、医師としては、生きていけないはずだった。

なぜなら日本全国で、毎年たった100名手術すれば、

それ以上は、患者さんがいないからだ。


もし私が医師になりたての時、

このような社会常識的な計算が行える常識人だったら

小耳症など最初から選択していなかったことだろう。

当時、多くの形成外科医から、何度となく、その事を、言われたものだ。


それでもなお、私は、ただ自分に正直に、耳を再建するということをやりたかったのだった。

形成外科分野の中で、科学的に再建が最も困難で、

当時のタンザー法やブレント法をもってしても、なお

正常な耳を作ることが不可能だった。


直感的に、私は、この分野だったら、

自分の芸術的、数学的、才能を最も生かすことが出来ると、

この研究に没頭しようと、

必ず正常な耳を作れるように出来るはずだと。


それから、時は流れ、


今、毎週、耳の再建手術を一年中行っている。


これからも一事が万事、自分に素直に生きていく。


タンザー医師も、70歳を過ぎても耳の再建手術を行っていた。

76歳で結婚して、日本にハネムーンで来ると私に手紙をよこしたほど元気な人だった。


そして、ブレント医師も76歳の今も、耳の再建手術を行っている。

実年齢より20歳も若く見える。


小耳症治療は常識にとらわれる医師には、むかない領域かも知れない。


多くの私の教え子の中で、

永田法を行えるようになった数少ない才能ある医師が台湾とカナダにいるが

それぞれに、やはり、通常の常識人ではない。

それほど、困難で厳しい道なのだ。



本日は、耳垂残存型小耳症に対する

肋軟骨移植術だった。


園長先生が、今日の午後から

明日も大阪出張となったので、

手術中の写真掲載は、来週となります。


明日は結節性硬化症の患者さんの手術予定です。


その他に、合指症手術が予定されていましたが

風邪を引いて咳が多いため、手術が延期となりました。


この季節に手術を予定されている方は、

特に、インフルエンザに気をつけてください。

高熱を出していたり、咳があまりに多いと、予定手術は中止となります。