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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

いくら説明してもわかる人と

わからない人がいる。

たとえば、

小耳症手術の事で、手術の説明を膨大な写真を見せながら

2時間話して懇切丁寧に科学的に説明しても、

大部分の人は理解できても、

ごく一部の人は、理解できない。


理解できなかった人は、他の施設で手術を受けて、不幸な結果となって

作り直しとなって戻ってこられる方がいる。

そのときになってはじめて意味がわかる人は

作り直し手術が出来る。が、

それでも直、理解できない人は

そのままとなる。


人それぞれだ。


そのうち人生の意味がわかって、

忘れた頃に再び来られて、

今度は、「早く作り直してくれ」と、無理やりせかす患者さんもいる。


早くと、突然言われても、以前から予約されている患者さんがいるので

なかなか、すんなりと、すぐに予約が取れない場合が多い。



全く話は変わるが、人生に関する事でも、

社会的な通念が正しい、と頑なに、信じ込んでいる人がいる。

本人が信じている社会通念が、真実でなくとも、

それを本人が、かたくなに信じ込んでいるのだから

仕方がない。


そんな人には、もっと広い世界を体験してもらうしかない。

何事も、体験して初めて目が覚める。


最初から、悟れる人は、無駄な体験をしなくても、

ある程度予測し、理解できるのだが、

悟れない人は、真の体験をするしかない。


中には、体験しても、なお、真実が理解できない人もいる。

真の体験をしていないからだ。

理解できなければ、改善は得られない。

親から聞いた間違った社会通念を刷り込みで、

それでも直、信じ込んでいる人に多い。

そんな人は、

何故、自分の人生が好転しないのかが、死ぬまでわからずじまいとなる。



たとえ、世界一の理想の物を目の前にしても、

他にいけば、もっと良い物や、人が、いるはずだと思い込んでいる。

それが価値ある物か人かどうかが、わからないからだ。


違いがわかる人と、違いがわからない人とでは、

当然、人生の結果が違ってくる。


早めに真の体験をしないと、人生まで狂ってしまう。

気が付くまで、あまりにも時間がかかりすぎれば、手遅れの時間切れとなる。

死ぬ前に気が付いても時すでに遅し。と言うこともある。


人生は

自分のために

自分の本当にやりたいことをやらなければ、

決して満足できない。








本日は、午前中、小耳症で病室入院中の患者さんたちの包帯交換。

抜糸の時期を迎えた患者さんが2名いたので、

包帯交換に時間がかかった。

明日の小耳症手術予定の患者さんが入院となった。


午後からは、外来、

小耳症の経過観察中の患者さんを数名診察し、

来週、小耳症手術予定の3名の患者さんたちの術前検査を行った。


その後で、以前に小耳症手術を大学で受けたものの

不幸な結果となった患者さんが初診で来院し、

説明に時間を要した。


このように、以前から、私が口をすっぱくして言っていたように

従来法の小耳症手術は、永田法が完成した時点から、

従来法で手術された全ての症例が

作り直し手術の適応となった。


それでもなお、いまだに、以前の手術法で耳を作られて

作り直しとなって、患者さんが後で気がついて

来院され続けている。


同一治療は、病院が違っていても同一の結果が得られる、

などと、思っていると、とんでもないことになる。



カナダのトロントに、北米トップ3のレベルを誇る子供病院がある。

アメリカ形成外科学会は、カナダとアメリカと共に組織されている。


トロントの子供病院には、世界中から先天異常の子供達が集まってくる。

私は、その子供病院の2名の医師に、小耳症手術を客員教授として教育した。


以前にこのブログでも述べたが、私は、

トロント子供病院の依頼に応じ、複数回トロントに行き、

小耳症教育デモンストレーション手術を行い、、

また、その2名の医師たちも、複数回永田小耳症形成外科クリニックへ見学に来て

いまや、永田法の後継者となった。


だから、私にとってトロントの町は、良くわかるなじみの多い町となった。

トロントの町は移民の町だ。

実に80パーセントの人が移民なのだ。

だから、世界中からの、あらゆる人種が集まっている。

アメリカよりも、多人種で構成された町だ。

人種のルツボと言うのは、トロントに正に当てはまる。


子供病院の学長は、イギリスから移民した医師だった。

その医師は今は、アメリカの病院から引き抜かれた。


現在の、トロント子供病院のトップは、一人は、「子供の顔面骨骨折」。

もう一人は、「唇裂」。で、

更に以前のトップの医師が、「顔面神経麻痺」の部門でそれぞれ3人も

今年秋のインドでの国際形成外科学会のマスターコースを行うことになっているから

各ジャンルで、世界のトップクラスとして認められる立場である。

私も「小耳症」でマスターコースを行うので、同じ立場だ。

ニューデリーでまた再会する事になる。


話は前後するが、アメリカだけでなく、カナダでも

海外からの人の受け入れが、非常に積極的である。


同様に、ヨーロッパのEU諸国でも、海外からの人種の受け入れが

積極的である。

イギリスの医師の海外からの医師の割合は驚くほど増加している。

特にアジアからの移民が増加している。

顔なじみとなったイギリスの形成外科医の中で

インド人、パキスタン人、日本人、インドネシア人などがいる。

ケンブリッジ大学形成外科の教授はパキスタン人だ。

バーミンガム大学で小耳症手術を行っているのは中国系インドネシア人だ。

私はそれらの大学人に、小耳症手術法を教育したので

それら海外の移民事情に詳しくなった。


日本は、これから世界で類を見ないほど高齢化が進み、生産人口が減少する。

日本経済を保ち、国力を落とさないために、生産人口の増加が必要となる。

世界から、あらゆる能力のある人を積極的に受け入れるように政策の大転換を

早期に行うべき時でもある。


世界中、小耳症手術を教育してまわった私がこの目で見た世界事情の

実体験による提案だ。


麻生総理大臣の国会答弁で、

「郵政民営化には自分は反対だった。

4分社化した事を見直さなければならない。」

と発言があった。

この制度を作った自民党政権は、まだ解散総選挙もしていないままだ。

当時反対した自民党政治家は、離党させられたか、離党したかのどちらかで、

更に、選挙時には、刺客まで送られたはずだ。

賛成側に回った人が、そのまま自民党に居残ったはずだ。

この時期に自民党の中から選出されたのが麻生総理だ。


その麻生氏が、いまさら苦し紛れに

「郵政民営化には反対だった」などと、本人の立場から間違ってもいえる立場ではないし

そんな時期でもない。


解散総選挙もせずに、政権維持に固執した結果、

ねじれ国会のために、国会運営はますますゴテにまわり、

経済危機を救うために必要なスピードに欠ける事になった。

政策に対する総理の発言は、常にふらつき、

メリハリのある具体的な政治信念が乏し過ぎる。

また、麻生総理を取り巻くブレーンも、知的能力が、欠けてすぎている。

官房長官の弱弱しい言い逃れも、歯がゆすぎる。

もっと、筋の通った頼りがいのある人材がいないものだろうか。



麻生総理が国民のためを考えるならば、

すぐにでも解散総選挙を行うべきだ。

総理大臣を国民の直接選挙へ改めなければ

いつまでも、このような、ふがいない政治が永遠と続く。

日本人は民族性なのか考える能力がないのか昔からおとなしすぎる。

国民の側から、もっと声を上げ、知恵を出すべき時だろう。


だまっていると、医療崩壊のまま、たらいまわしで死ぬことになる。

年金も、ごまかされたまま、いつまでもまともな金額は、もらえない。

失業したままで、生活保護も受けられない。

自分だけは大丈夫かもしれないと、たかをくくっていると

とんでもないことになる。




日本は、インドネシアから介護士候補者を140名受け入れた。

今後3年間の研修期間を行って、

国家試験を受け、合格しなければ、帰国しなければならない。

チャンスは1回しかない。

あまりにも厳しすぎる制度だ。


英語を話すインドネシア人にとって、日本語はなじみが薄い。

むしろ、彼らにとっては、日本に来るよりも、

アメリカに行ったほうが、はるかに収入も良く、言葉の壁も少ない。

日本は、本気で受け入れる気がない、ポーズだけの制度を作ったとしか言いようがない。


10年後に60万人もの介護士が不足する日本。

介護士不足を補おうと本気で考えるならば、

たった140人と言う数は、あまりにも桁違いに少なすぎる。


この140人の中には、看護士暦12年と言う人までいる。

このような人材は、むしろもっと介護士よりも給与の高い看護士として受け入れるべきだろう。

ミスマッチだ。相手に対しても失礼な話だ。

もしこの人が、アメリカへ行っていればアメリカで看護士として採用され、

日本の看護士よりも高い給料を得られる可能性が高い人材なのだ。


もちろん日本語の能力が日本国内で働くためには必要だが

介護内容のテストは、少なくとも、英語でも作成すべきだ。

介護の実力は、これで判断できる。


それとは別に、日本語のテストを行って、

複数回受験のチャンスを与えるべきだ。


同様に、医師も、看護師も不足しているのだから、

アメリカのように、

カナダのように

ヨーロッパEU諸国のように、

医師も、看護師も、介護士も、その他の業種でも、

もっと世界中から有能な人材を

受け入れを可能とすべき制度が必要だ。


日本だからと言って日本人だけで安穏と過ごしていける世界ではなくなっている。

たとえ、優秀な外国人が多く入ったために、

一部の競争力のない日本人が職をなくしても、受けいれるべきだ。

それら外国人達は、それぞれの言葉を持っているから、

国際社会となっている現在では、それらの人が海外との友好な関係を保つためにも

日本にとってもそれぞれの言語で、良い情報発信を行ってくれるようになる。

そこまで深く先を考える目を政治家も持つべきなのだが、

あまりにも国際感覚に乏しい政治家が多すぎて

諸外国の要望にポーズだけでしか答えられない制度しか作れないのが情けない。