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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

小耳症に対する耳再建術は

科学的に世界に確立されている永田法と言えども

特に医師の芸術的才能と、

長時間手術に耐えうる

妥協を許さない忍耐力が必要だ。


心静かに、

繊細な形の耳を作る事だけに専念して、

はじめて

良好な形態の耳が出来る。


特に手術前に、

精神衛生上

イライラするような事は

絶対に避けたい。


ところが、長年続けていると、

手術前に不必要な事に、

無神経に気を使わされるような時もあり、

そうも行かない事も、時には出て来る。


そんな時でも、冷静に手術を進行させるには

自分の心を一部ロボットと化すしかない。


しかし、私も人間だ、

と言う事実がある。


人間だから、ロボットと違った芸術性を持っている。


だから、個人の形態に応じた

臨機応変な応用を行う事が出来るし

芸術的な感性と科学とを総合し

長い経験を加味して正しい耳が出来るのだ。


ある意味、心の一部である感性をも、十分に引き出す必要がある。

だから、術前に、心穏やかな事が必要だ。


芸術家は、気持ちが乗らなければ芸術活動を停止すればよいのだが、


芸術的センスが必要な耳の再建術は、

全身麻酔をかけるその段階からストップすることは出来ない。

しかも、限られた時間以内に、肋軟骨を移植し終えなければならない。

その時間内に、芸術的感覚を、ピークに保たなければならない。


しかも毎週3例も、8時間以上かかる耳再建手術を

年中継続しなければならない。











日本では15歳以下の子供の臓器移植は

法律上不可能となっている。

だから、臓器移植が必要な子供の患者さんは

欧米へと臓器移植を受けに行かざるを得なかった。


ところが最近アメリカの病院へ

臓器移植を依頼した子供の患者さんが断られた。


臓器移植に関するWHOの新たな規定が来月から開始される。

「臓器移植は、それぞれの国の中で行うように」と、厳しいことになる。


というのも、それぞれの国で、移植の臓器が不足しており

それぞれの国の患者さん達が順番待ちをしているのに

日本人が突然やってきて、順番を先取りされることとなっているからだ。


つまり、それぞれの国で、順番を待っている患者さんたちにしてみれば

日本人は、お金で臓器を買いに来たと、悪評となっている。


日本で、医学的に臓器移植が出来ないレベルではないのに、

これまで、15歳以下においては臓器移植が出来ない法律のままで

日本政府は目をつぶってきていた。


そのため、子供に臓器移植を行う経験豊富な日本人医師は

アメリカで仕事をしている。


なんとも悲劇だ。


海外での臓器移植が断られると言う切羽詰った待った無しの時期となって初めて

今国会で、臓器移植を子供にも可能とする法律改正が

行われようとしている。

いつも遅すぎる日本政府のやり方だ。


これから解決しなければならない問題は山積している。


特に注意しておきたい点は、医療で常に付きまとう問題は、アメリカと日本との

あまりにもかけ離れた医療費格差が見過ごされている。

あるいは、政府がわざと無視しているのだが、

日本の10倍以上もかかるアメリカの医療費で実現できている事を

無理やり10分の1の費用でやれと言われても

一時しのぎのことは可能でも、恒久的解決は出来ない。


すなわち、臓器の提供は、救急医療が充実していることが第1条件であり

科学的に間違いなく仮死状態の患者さんが発生してから、臓器提供への承諾を取り、

そこに臓器をきちんと摘出できる医師団のチームが必要となる。

摘出した臓器を、細胞が生きたままで、迅速に輸送できるチームも必要となる。


政府は医療費の値下げを毎年行ってきており、

ただでさえ、医療崩壊を引き起こしている。

その認識があまりにも薄い日本政府はいつも打つ手が遅れる。


救急病院は過酷に働いても赤字となるような予算しかついていない。

だから病院の倒産が相次ぎ、救急ベッドが減少した結果として

救急患者のたらいまわし問題が頻発している。

日常、救急医が労働基準法など無視して

はるかに越えた超多忙の勤務状態の中で、臓器摘出などできるはずがない。


更に、産科や小児科にいたっては、

病院として成り立たない費用負担しか行わなかったために

病院内での小児科、産科の閉鎖が相次いできたのだ。

更に麻酔科医不足も深刻だ。

麻酔科医が少ないために

手術数を制限する東京女子医科大学病院など、東京都内すら実在している状況だ。

東京都内の国立癌センターですら同様なことがおきた。

皇族が出産した愛育病院ですら、

医師の労働基準法違反で、NICU指定取り消しを院長が東京都に申し出している状態だ。


地方都市では、もっと壊滅状態だ。

鳥取大学病院では、救急医療を担う医師たちが疲弊し集団で辞職した。

千葉県の銚子市民病院は、赤字補填困難と言うことで閉院となった。

日本の地域医療はあまりの安い医療費で、ほとんど壊滅している。


これほどの医療崩壊を起こした日本政府は直ちに

医療費の根底的な財源アップへと方向転換を図り、大改革をしなければ、

国民を安全に守れる医療など、できるはずがない。


たとえ「法律改正だけで、形式的に子供の臓器移植を可能」と言う事に変えたとしても

実際に機能出来るはずがない。

せいぜい1例か2例のみ、形式的な臓器移植を行って

他は、移植出来ないまま、見殺しとなる状態だ。


この抜本改革のためには、根底的に医療崩壊を建て直し救急医療をまともにし、

医師を増やし、小児科,産科、麻酔科など病院が成り立つような状態にするためには

最低でも、待ったなしの医療費全体の倍増が必要となる。

これは大げさな事でも、なんでもない。


少なくとも医師が人間として、まともな生活が、おくれなければ

過労死で早死にするような状態のままでは

医療は、恒久的に守れないからだ。


労働基準法を守り、救急医療を、

まともに立て直すには、少なくとも今の医師の3倍の人数が必要となる。


今の救急病院の雇っている医師数の3倍の医師を雇っても

成り立つような医療費負担を行うには、それだけで

今の医療費の2倍の医療費が必要になるかもしれないのだ。

しかも、小児に対する臓器移植が行えるためには、

赤字覚悟の専門施設を特に建てなければならない。

その一人当たりかかる膨大な費用負担は、誰がなすべきなのか?


よりにもよって、世界的な経済危機のなかで

今のシステムの中で、財源を確保することは困難な情勢だ。


しかし、このままでは臓器移植どころの話ではなく、

通常の地域医療すら守れていないのだ。


日本全国の地域医療が充実してこそ、初めて、臓器提供も始まる可能性が出てくる。

将来ある子供に対する医療を充実させてこそ、未来ある国家となる。

当たり前の事が出来ていなかったのが日本だ。

もはや、「開発途上国に援助する金があるくらいなら、まず国内の子供達を救え!、」と言いたい。


消費税アップを新たな財源としなければ、もはや救命への解決は、不可能となっている。

「高福祉、高負担」と言うスローガンさえ掲げず、

「中福祉、中負担」の社会作りを目指している、などと言う政府の姿勢は

はじめから言い逃れだらけのスローガンだ。

だから子供の臓器移植は無視されてきた。


子供の臓器移植は、少なくとも国際的な観点からは、高福祉の部分なのだ。

だから、高福祉を目指すなら、高負担は当たり前となる。

政府は、そこまで深く理解してから法律改正をしてほしいものだ。


小手先だけでは「絵に描いた餅」となる。


話は少しそれるが、臓器移植のみの問題にかかわらず、

小耳症の子供達に耳を再建すると言うことも高福祉の分野なのに、

いまだに、低負担でやれと言っているのだから、後継者も雇えない。


アメリカの10分の1の費用で、これまで

日本人としての個人だけの医師のプライドで

意地で耳再建術は

アメリカを上回る世界1の成果を出してきたが

後継者達が育てられる費用など、とても出てこない。

下手をすると経営の継続すら危ぶまれる状況なのだ。


高福祉、高負担は先進国では必要な常識だ。






4月15日、2009年。

朝9時、小耳症患者さんが1名無事退院となった。

代わりに、明日耳立て手術予定の小耳症患者さんが1名入院となった。

そのあと、入院中の患者さんたちの包帯交換を行った。


中には包帯の中を触らないように注意していたのにもかかわらず、

自分で包帯をずらして

触って引っ掻いて、

採皮部のようやく治ったところに、出血を繰り返す子供の患者さんがいる。


どんな傷でも、治ってくると痛みが痒みに変わる時期があるので思わず掻いてしまう。

しかしこれは絶対してはならない事。


以前に注意してあったにもかかわらず

返事だけは、簡単に「はい」と言うものの、それとは裏腹に、守らず

同じ事を繰り返す特有な天邪鬼の子供がいる。


今日は厳しく注意しておいた。

本人のためだ。


それでも守るかどうか信用できない。