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小耳症(永田法)の軌跡と新たな出発

永田小耳症形成外科クリニックは、院長・永田悟医師の逝去にともない、令和4年1月に閉院いたしました。このブログと、永田法による小耳症手術は次世代に引き継がれ、現在も行われています。小耳症手術をご検討の方は、ぜひご覧ください。

かつて聴いていた歌を

今再び聞くと、当時のあらゆる出来事が思い出されてくる。

それらの記憶は関連しているようだ。


1980年代のヒット曲を聴けば、

経済成長の著しかった日本の優雅な時代が懐かしい。

経済が成長している時は、音楽や芸術も華やかとなる。

だから、当時の歌手達は輝いている。


手術が深夜にまで及び、帰りのタクシーを都内で拾おうとしても、

めったに、つかまらなかったものだ。

今ではタクシーは、どこでも乗れるようになった。


当時の日本は、ついに、アメリカの有名な都心の一等地まで購入していた。

人口構成を見れば、当時は生産人口が多かった。

団塊の世代が、その生産力を支えていたからだ。

現在は、生産人口が減少し続けている。

と同時に、経済が収縮し続けるばかりだ。


80年代は、テレビ放送でヒット曲の番組が多かった。

今は、歌番組が激減し、ニュース番組ばかりとなっている。

明日に向かって今日よりも発展することが確実だった1980年代初頭は

希望が膨らみ続けた良い時代だった。


永遠に成長が継続するものと思って疑わなかった。

そのような華やかな時代だった。


今も活躍を続けている松田聖子は、

そのような華やかな時代に、

ヒット曲を連発し、ベストテンのトップを守り続けていた大歌手と言える。


デビューして29年を迎えても、なお、ミニスカートをはき、

それが今でも様になっているから、みんなに勇気を与えている。

そして80年代の明日への希望を思い出させている。


ヒット曲を今でもエネルギッシュに歌っている姿は

みんなにエネルギーを与えてくれるすごい事だと思う。

40代後半になった今でも

「私はエイティーン」と歌っても違和感がないことに驚きを感じるのは

私だけではないだろう。
本日は土曜日。

午前中外来は忙しかった。

小耳症で初診の患者さんが3名こられ

手術法の説明を2時間ほどかけて説明した。

それぞれ予約をされてお帰りとなった。

その後数名の小耳症患者さんたちを診察し

顔面のレックリングハウゼン氏病で初診の患者さんが来院されて手術法の説明時間を要した。


午後からは、入院中の患者さん達の包帯交換を行った。

更に数名の再診の小耳症患者さんを診察した。

夕方になり、極度の睡魔に襲われて眠ってしまった。

1週間がたつのは早い。