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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

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私は国際形成外科学会の小耳症マスターコースを1時間行った。

その後、熱気むんむんの質問攻めになった。


マスターコースは、学会費を払った上に、

更に6000円を払ってチケットを買わないと

入れないシステムとなっている。


だから、自然と小耳症を本当に専門として行う形成外科医のみの教育目的ともなる。


1時間の講演後、熱心な数多くの質問を受け、一段落し、

皆から私と一緒の写真をせがまれて撮った写真.

その後、私と各個人との写真をせがまれて撮影が延々と続いた。


また、学会のあらゆる場所でも、

私と一緒の写真をせがまれた際に私のカメラでも、とった写真のごく一部。

今回、インド・ニューデリーで行われた国際形成外科学会は第15回目となる。


本来、これまでの国際形成外科学会は、4年に1度行われてきた。

次期学会の会催国決定は、立候補国の中から、それぞれの国が演説後

学会の最中に選挙で決定していた。

オリンピックの開催国決定方法に一部似ている。


実は、2年前には、このブログでも書いたように、ドイツのベルリンで開催された。

その4年後は、カナダのバンクーバーで行われる予定と決定されていた。


だから日本国内の形成外科医にしてみれば

今年は予想外に突然、インドが国際学会を開いたように遷るのだが、

実は、そうでなく、2年前のドイツでの国際学会の際に、すでに私は

今回のニューデリーへ「小耳症講演」を依頼されていた。


だから少なくとも3年ほど前から

国際学会本部はニューデリーでの国際学会開催を承認していた、と言う事になる。


しかも、それ以前の国際形成外科学会では、

巨額の出費をしていたアメリカ合衆国が、出資を大幅に行わなくなったこともあり

学会開催地決定方法のルールも大きく変更された。



ドイツで開催された学会では、日本人形成外科医の出席数が急速に少なくなっていたために

今年の学会の事を日本はあまり知らなかったようだ。


しかし世界は動いていた。

今年ニューデリーでの国際形成外科学会は、ロシア、中国をも含めて、

世界中から形成外科医が1200名以上も集まる盛大な学会となった。


それに比べて、日本人形成外科医師の口頭発表者は、ほんの5人ほどだった。

わずか1ヶ月ほど前にアジア太平洋形成外科学会が日本で開催されたばかり

という事情もあるのだが、

それにしても、あまりの少なさだった。


その2年前のインド・ムンバイで開催されたアジア太平洋学会においても、

日本人形成外科医は極端に少なかった。



実は、私が初めて国際形成外科学会に出席して

「新しい小耳症手術」を発表したのは1987年だった。


その当時の開催地が、なんと、ニューデリーだったのだ。

その時は、もちろん一般演題としてエントリーしての発表だったので

わずか8分の発表だった、が、反響は大きかった。


その後、4年に1度の国際学会を重ねるごとに、

開催地が横浜、サンフランシスコ、シドニー、ドイツへの順で移り、

発表時間は、学会からの依頼で20分から30分へと、次第に伸ばされていった。

つまり、小耳症部門でラウンドテーブルディスカッションやパネリストへと

発表形態が変化して行った。


今回のニューデリーでは、1時間の小耳症マスターコースを依頼された。

形成外科領域で他部門を含めて、総計で22のマスターコースが行われた。






ホテル・ザ・アショカは、インド政府系の歴史的建造物の巨大なホテル。

いろいろな学会などの会場として使われている。


とにかく、ホテルのカウンターでチェックインしようとしたら、

同じロビーの目と鼻の先にある「国際形成外科学会の受付のほうへ行って来る」ようにと

言われ、何がなんだかわからずに行くと、

なにやら学会の係員が、私に関する書類を出してきて、

カウンターへと再び連れて行かれた。


そこでようやく手続きが済み、ホテルの部屋へ入ることが出来た。


部屋にはいってみると、

なんと,リビングルームとベッドルームとにが別になっている広大な部屋。

あまりにも広いので驚いた。

リビングルームは10人ほど入って会議が楽々開けそうだ。

50インチのテレビが、どーんと置いてある。


かと思ったら、電話は市内に通じない。

もちろん日本にもホテルで言われたとおりかけようとしたが、全くかからない。

後でインドで永く仕事をしている日本人と話すチャンスがあり聞いてみたら、

意味なく突然、電話がかからなくなるという事でだった。

そういう時には、電話専門屋の店があってそこへ行って電話をするそうだ。

日本では考えられない想像を絶することだ。

なんともアンバランスなところがあって、これこそインドなのだと思った。


結局、現地の市内にも電話がかからなかったので、

帰国する際の飛行機の予約再確認・リコンファームが出来ず困っていた。


私の小耳症の教え子でもあるトロント・シックチルドレン病院の

デイビット・フィッシャー医師と翌日昼食をとっている時に

彼が携帯電話でリコンファームを行ってくれてとっても助かったのだった。

それがなければ、今日このように無事、日本へ帰国できなかったかもしれない。




とにかく、12月2日の本日、無事、成田へ到着できました。


実は、国際形成外科学会は、

11月29日から始まり12月3日までの5日間、行われています。

だから、本日も、明日も、学会はまだ続いているのです、が、

小耳症の入院患者さんが待っているので、

11月30日の自分の発表の翌日つまり、12月1日夜9時半発のエアーインデァに乗り

そそくさと帰国した次第です。



思い返すと、ニューデりーは、恐ろしいところでした。


11月28日成田を飛び立ち、その夜ニューデリーへ到着。

インディラ・ガンジー国際空港から、

国際形成外科学会の会場であるホテル・ザ・アショカ まで15キロメートル。

空港でタクシーチケットを買い、タクシーに乗った。


これが、とんでもない、おんぼろタクシー。


エンジンは、日本で言う軽自動車。

なのに、大きな四角いボックス型。


轟音を立てて走る恐怖のタクシー。

車間距離わずかに10センチと言うスーパーテクニックの運転をしている。


とにかく、インド人の運転は、すさましい。

クラクションも、あらゆるところから鳴りっぱなし。

そのクラクションの音も、風邪を引いたような枯れた音。

恐ろしすぎる。

今にも衝突しそうで、ショック死しそうだった。


排気ガスも、ものすごい。

街を走るバスは、今にもバラバラに壊れそうなほど古すぎる。


おそらく車検とか排ガス規制とか、そういう事とは無縁なのだろう。


15キロも走って料金は300ルピーほど、日本円で600円と言う安さだった。

そしてそして、とにかく、ホテルにたどり着いたのだった。


空港内のチケットを買ってタクシーに乗らなければ、必ず、法外にぼったくられるか、

下手をすると、「そのホテルはちょうど今火事で、入れない」と、

嘘を言われ、怪しげな観光協会へ連れて行かれたり、

別のホテルへ連れて行かれたりするらしい。と、

ニューデリー関係の日本人の経験者がホームページに書いていたのです。

下調べを行っていて良かったーーーー。