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小耳症(永田法)の軌跡と新たな出発

永田小耳症形成外科クリニックは、院長・永田悟医師の逝去にともない、令和4年1月に閉院いたしました。このブログと、永田法による小耳症手術は次世代に引き継がれ、現在も行われています。小耳症手術をご検討の方は、ぜひご覧ください。

ある夜の事。
夕食も終わって、退屈な入院生活。
なぜだか永田先生が洗面所にやってきた。

看護助手の女の人が、先生を洗面所の椅子に座らせ、
白いケープをかけて
はさみで髪の毛をチョキチョキやり出した。

なんだか本物の散髪屋さんみたいだ。

いつもは怖そうな先生が、楽しそうに話してる。
女の子たちは遠くからこわごわ覗いてるけど、
俺は平気だ。

近くに寄ってみる。
ほら、なんともないぞ。
吼えないし、怒らないから、もう少し寄ってみる。
洗面所の台に肘をついて眺めていたら、
安全だと言うことがみんなにもわかったらしく
他のみんなも近くによって来た。

他に変わった事もないし、
上野のパンダほどではないけど、
怖くない先生は珍しいので、
見ていると面白いかも・・・

みてみたらおとなの患者のおにいさんも来ていた。
アレレ、入院患者さん、全員が先生を見に来てる。
まるで動物園の檻の前みたいだ。
色々言いながらながめている。

散髪が終わったみたいで、先生は風呂に入って行った。
先生も俺たちとおんなじ風呂に入るんだ。
ふ~~ん。
これでおしまいかあ。

なんも面白いことない入院生活だから、
少しは変わったものが見たかった。
またなにか面白いことないかなあ。

                  入院生活が続いて、たいくつな男子


この文章は夜勤看護師の証言を元に再現してあります。
   一部に脚色が含まれている可能性があります。










小耳症治療に取り組み始めてから、

もはや30年にもなろうとしている。


欧米をはじめアジア、中近東にまで至る各国の形成外科学会や、

国際形成外科学会などに、毎年のごとく招待されて、これまで出来るだけ応じてきた。

世界中で、依頼に応じ、小耳症デモンストレーション手術を行い、

1時間あるいは2時間に及ぶ教育講演などをも、行ってきた。


また、世界各国から、永田小耳症形成外科クリニックへと

小耳症手術の見学をしたいと

毎年のごとく留学生や、見学生が訪れる。


また、海外からの小耳症患者さん達からも

診察に来たいと、メールが入ってくる。

イギリス形成外科学会や、アメリカ形成外科学会などから

小耳症論文審査を依頼されて、審査することもしばしばとなる。

それらのメールに応じるだけでもずいぶんと、時間がかかる。

アメリカから小耳症の手術に関するテキストブック執筆依頼も来ると

それらを執筆しなければならない。


3月末になると、

海外からの見学生が来ている時に海外からの小耳症患者さんが診察に来る。


また日本の両側小耳症の患者さんで聞こえの手術を希望される方を

アメリカのバージニア大学耳鼻咽喉科へ紹介し連絡を取る。

顔面の手術を希望される小耳症の患者さんたちには

チャングン大学を紹介している。


日本人の小耳症患者さんの耳再建手術だけでも年間140件にもなる。

毎週3件の8時間にも及ぶ小耳症手術を行い

15ベットの入院患者さんたちの包帯交換を行い、昼の仕事を終えると

夜は、この何年もずっと医局に泊り込んでいる。


15ベットの入院ベット数とは、

かつて私がいた東京大学病院形成外科の入院ベット数と同じ数である。

かつて、大学では、全日の手術を週3回行っていた。

教授、助教授、講師、が医局員とともに3名から4名でチームを組み、

それぞれが週に1回の全日手術を行っていた。


大学病院では15名以上の形成外科医がいるが、

永田小耳症形成外科クリニックではたった2名の医師で

それと同じ件数の手術を行っている。


しかも98パーセントが、8時間の手術時間を要する小耳症手術だ。

大学病院と異なり、

補助金など一切ない個人クリニックなので

とにかく全てを個人で、こなさなければならない。


このブログにしばしば書いているように、

大学で手術されたものの不幸な結果となり、

作り直しに来られた小耳症患者さんも、多い。

中には、傷だけ残して全く再建耳など消失して平坦になってしまっている方もいる。

そのような状態でも、再々建手術が出来るようになった。

もちろん超困難な手術となる。

常に、このような困難な手術を行わなければならない。



新たな小耳症手術を開発し、論文として、テキストとして執筆し

更に世界の形成外科医を教育し、後世に残す。



超ハードな道ではあるが、

人生は1度しかないからと、

小耳症の治療と発展のため

自分の出来る最大の事を時間の許す限り

世界的規模で限界まで行っている。