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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

本日は午前中、小耳症で入院していた患者さんが診察後無事退院となった。

その後、明日小耳症で手術予定の患者さんが入院となった。

また、入院中の小耳症の患者さん達の包帯交換を行った。

月曜日の本日はいつも抜糸の時期にあたる患者さんが多いので

包帯交換に2時間を要した。


午後からは、小耳症外来の時間帯となった。

月曜日というのに何故か、

待合室に座りきれないほど日本中から小耳症の患者さん達が来院されていた。

小耳症で再診の患者さん達数名を診察後、

来週手術予定の小耳症の患者さん達3名の全身麻酔用術前検査を行った。

更に数名の小耳症で再診の患者さん達の診察を行い、

小耳症で初診の患者さんが来院されたので

手術法の詳しい説明を2時間ほどかけて行った。


明日は小耳症の耳立て手術を予定している。


1980年代は日本の高度成長期だった。

高度成長期には、「今日よりも明日は必ず豊かになる」という希望に満ちた時代だった。


当時私は30歳代で、団塊の世代の最後の世代だった。

受験地獄を経験し、切磋琢磨して激烈な競争社会を勝ち抜かなければならない時代だった。

激烈な競争を勝ち抜いた人材が国際的にもリードして活躍するようになり

海外との競争に打ち勝って、日本は高度の成長を継続する事が出来た。


当時は経済的に全てが成長出来るので、

芸能界にも多くの新人歌手が誕生し

切磋琢磨して実力と安定性とオーラがある歌手のみが勝ち残って行った。

全てが輝いて1987年バブル経済崩壊までの日本は、正に絶頂期だった。


その後、日本は経済成長が劇的に縮小し、

2008年まで、「失われた20年」と言われた。

その後の2008年から2012年までに至っても、

生産人口の減少と、東日本大震災などの天変地異、

そして、ゆとり教育の弊害が重くのしかかり、

さらに経済成長は鈍化している。


経済状況の縮小は、結果的に国民生活水準の全てを縮小せざるを得なくなる。


1980年代の競争時代と比較し、

現在は全てに対してあまりにも過保護になりすぎて、

ちょっとした障害すら乗り越えることが出来ない、ひ弱すぎる人材が急増し

あまりにも、ひ弱な社会となってしまったような気がするのは私だけだろうか?


このままの過保護さとひ弱さが継続すれば、

日本は国際競争に負けてしまうのではなかろうか?

競争に負けてしまう社会は、希望が無く、悲惨な社会に転落する。