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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

今日、原爆症患者認定法の改正についてのニュースが流れた。

原爆が投下されて、爆発時に発した直接放射線のみでなく、

地面や、建物から間接的に発生する放射能による障害を新たに認めると言うものだった。


長崎から遠く離れた町、大村市の軍の病院にまで、

長崎で被爆した被爆者が大勢逃げてきて、入院していた。

大村市は、原爆の直接被害は、なかった町だ。

が、

そのとき看護に当たっていた大村の陸軍病院の職員だった看護士さん達への

長年の追跡調査によれば、

白血病や、各種癌の発生率が通常の人の発生率の3倍だった。


長崎で被爆した人達の体や衣服についていた放射線を発生する

細かなチリを体内に吸い込んだ看護士さんたちは、

体内から被爆していったものと推測されると言う結果を報告していた。


これまで、国は、これら間接被爆者などの多くの人たちを見殺しにしてきた。

認定を受けることもなく、多くの人たちが、すでに亡くなってから

いまさらながら認定枠を広げた。


ほとんど亡くなった後なのだ。

うがった見方をすれば、

「補償額を減らすことができた」と、国が笑っているように見える。

いつも、患者側に立った治療がなされていないのだ。

このような冷たい国の姿が、ことあるごとに

いつも浮かび上がってくる。


原爆投下後、五島から長崎に来た私の母は、

同じく原爆投下後、

満州からロシアの捕虜となり2000名のうち生き残った200名の一人となり、

故郷の地である長崎にやっと帰ってきた父と知り合い

結婚し、24歳で私を生んだ。


長崎の爆心地から、2キロの城山で育った私は、

城山小学校に通った。

城山小学校は被爆当時、校庭に整列していた小学生が

1000名近くも、白骨化していたのだ。

爆心地から最も近い小学校だった。


それから時は過ぎ、私の母は、白血病となり、

長崎大学医学部付属病院での治療もむなしく、63歳で亡くなった。


父は、その後、74歳で、肺癌で亡くなった。


両親とも、原爆の認定患者ではなかった。

認定など、本人達は、考えた事すらなかった。


長崎から遠く離れた大村で看護に当たっていた職員ですら、

患者からの細かなチリを吸い込んで体内被曝をしたのだから、

当時長崎に住んでいた人たちは、大部分が体内被曝していたと考えるほうが自然だ。

頭の悪い厚生省は、そんな事もわからないのだ。

サルの国、日本だ。と言われても仕方ない。


本来ならば、世界で唯一の被爆国である日本は、

放射能による障害を、科学的に深く解明し、

その真の姿を、世界中に発信する使命を果たすべき国なのだ。

未来の地球に生きる人類のためにも。
















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