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永田小耳症形成外科クリニックと愉快な仲間たち

愉快な仲間たちの秘密の会話

耳の形は

体表の器官の中で最も複雑な形をしています。

だからこそ、耳を再建する手術は、本当に困難なのです。


耳を作るための論文は、

世界で科学として認められていた医学ジャーナルに記載されていたものだけでも、

400以上も存在していました。

私が1980年代に大学病院で修行を開始した頃の話です。


当時その数多くの論文の中で、アメリカ人医師のタンザーと言う人が

1959年に、アメリカ形成外科学会誌に、耳の再建手術法を報告したことが画期的で

当時の耳としては世界最先端の結果を出していました。

自分の体の肋軟骨を3本採取して

それをワイヤーで組み合わせて、耳らしき形を作り

皮膚の下へ移植して、6回の手術をして耳を再建すると言うものでした。

これが世界中の方法となっていたのです。


当時は、この手術法を、オーストラリアの病院へ留学して

アメリカのタンザー本人ではなく、

オーストラリア人医師が、タンザーから学んだ医師に、間接的に学んでこられた

東京大学の福田修教授が日本へ持ち込まれて手術を行っていました。

当時、耳再建手術は、保険が利かない手術でした。


それでもなお、本当の耳は世界中で、作れませんでした。

すなわち、耳の形とは程遠い形しか、作れる方法がありませんでした。


患者さんは、当時は耳を作った後でも

髪の毛で隠していました。


すなわち、髪の毛で隠さなければならないほど

の程度の耳しか作れる方法がありませんでした。


当時は、そもそも、小耳症は、皮膚の表面積が不足しているので

たとえ本物のように耳の形を肋軟骨を用いて作ったとしても

その全てを、血の通った生きた皮膚でカバーすることが出来ないので

結局全ての移植肋軟骨を生かすことが出来ず

中途半端な部分しか覆えないので、、他を省略せざるを得ないのだ。

だから完全な耳を作ることは不可能なことだ。

と言われていました。


当時の福田教授は、

耳の再建術を1500件以上も経験されていました。

日本の形成外科のテキストにもこの方法が書かれていましたので

程なくこのタンザーの方法が保険適応されることとなりました。


若かった私は、このような不完全な耳ではなく、

耳の細部構造の全てが、再建可能に出来るようにしたいと

耳つくりの進歩の仕事に科学者として一生をかけて見ようと思いました。


それを、当時の医局の仲間に話したところ、

仲間のある医師から言われました。


「福田教授が1500件もの耳を作った結果が今の状態であるから、

研究は、やりつくした後だ。

だから、それ以上のレベルの耳つくりは、不可能だ。

そんなことをやっていても、論文にならない。

だから、今からの形成外科医は、耳つくりなんかやっていても

科学者には、なれないよ。

今の時代に耳つくりを専門にしても無駄なことだ。

ましてや日本中の小耳症患者数は

たった100名程度しかいないのだ。

医師として食べてもいけないよ」と。


このブログにも何回か紹介したように

それから30年の間、

私は、国内の他の形成外科医から何といわれようとも

耳つくりに没頭し続けました。


そして、1992年、1993年にかけて

耳つくりの新たな手術法の開発過程をアメリカ形成外科学会誌に投稿し、

掲載されました。

当時、あのタンザー医師より「おめでとう」と言う手紙を受け取りました。


その後で、次第に、かつて

タンザー法で作られてきた不完全な耳の患者さんであっても

完全な耳に作り直しができるように研究を進めてきました。


この方法が進歩したことで、

当時不可能とされていた無耳症や、ローヘアーラインの症例の患者さんへも

応用できることとなったのです。


今では、アメリカ形成外科学会に、耳つくりの方法を依頼されて教えにいくことになり

アメリカの形成外科医の学ぶ教科書にも小耳症の耳再建術を

私が執筆しています。


欧米各国での形成外科専門医師のテスト問題にも

「次のうち「永田法」の正しいものを選べ。」

と言う問題としても、出題されるようになりました。


ここまで来るためには、実はあらゆる壁が立ち塞がっていました。

人には言えない、驚くようなことで、あらゆる苦労の連続でした。


その壁を30年かけて一つ一つ突き破ってきました。

そして今後も解決していかなければならない問題が、まだまだ多くあります。

あまりにも壁が厚すぎて、この道を断念しようと何度となく考えたこともあります。

もっとイージーに生きていく選択肢は多くあります。


ただ、耳の再建術の進歩のために58歳の今までやって来れたのは

多くの患者さんから望まれていることと、

手術後の患者さんが

本当に喜ぶ姿を見れたからにほかなりません。

ありがとうございます。


タンザー医師も、福田教授も、ブレント医師も

70歳を超えても、耳つくりの手術を行っていました。


私も、

もっとがんばらなければ、と思っているところです。



















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